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高校時代を思い出す。お世辞に舞い上がって顰蹙を買い、褒め言葉を否定してノリが悪いと言われた。きっと私は、コミュニケーションにおける微妙な調節をする能力が決定的に欠けているのだ。それは生まれつきのもので、未だに治る気配はない。
「……僕の言うこと、ただのご機嫌取りだと思ってます?」
いつもにない静かな声で、拓海君が目を伏せる。なんだか今日の彼は変だ。
「だとしたら、悲しいです。僕の言葉はあかりさんに届いていないんだなって」
仕事の合間にバカみたいな雑談ばっかりして、兄弟犬みたいにじゃれあって。そんな関係だったのに、どうしてしまったのだろう。
「そういう意味じゃなくって、あの……私ほら、なんかダメなタイプだから。なんていうか」
全く中身のないセリフに、ほんとにダメだな私と突っ込みを入れる。きっと私はまた知らず知らずのうちに妙なことを言ってしまったのだ。それが何なのかさえ気づけないなんて、本当に私のコミュニケーション能力はひどすぎる。
「……あかりさんには、はっきり言わないと駄目なんですね。分かりました」
拓海君がすっと視線を上げ、決心したように私を見据える。心臓がどくんと音を立てたのは、彼を怒らせたのではないかと思ったからだ。
「じゃあ言います。あなたの自己評価は間違ってます。確かに派手顔とは言えませんが、あかりさんはふんわりしてて癒し系で、僕は好きです」
怒ってはいなさそうだし、私のことを良いように解釈してくれて嬉しい。というか……
今、この子なんて言った?
「僕があかりさんを助けた人なら、そのまま返して終わりなんてことはしません。あとで近づく方法なんて、いくらでもありますよ」
しかも、なんだか怖いことを言い出した。
「住所も、名前も、勤務先も、生活習慣も。財布やケータイを見れば、個人情報なんてだいたいわかります。だから僕は言ってるんです」
ひとつひとつ諭すように彼は続ける。けれど肝心の私は、さっきの言葉が気になって冷静に聞けないでいた。
「もう少し、ちゃんとしてください。自分を軽く見ないでください。じゃないと」
白絹のような彼の手が私の手を取る。女の子みたいだと思ってたのに、意外と大きくて骨っぽい。
「すぐに誰かに取られそうで‐‐嫌です」
語尾が、切なげにかすれる。
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