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拓海君はきっと、私に似ている。姿かたちは彩側の人間なのに、彼の本質はどうしようもなく私と同じだ。
「わ、私は……御堂島さんのことなんか」
好きじゃないよ。
そう続くはずの言葉は、途中でぷつりと途切れた。言わなければいけないのに、彼はそう言われるのを望んでいるのに。無意識に御堂島の名を呼んだ私の心は、その嘘をつくことを許さない。
「ごめん。仕事に戻らなきゃ」
彼の顔を見ないようにしながら、二つの手指をそっと剥がす。見てしまったら、私はきっとここから動けなくなってしまうから。
意外にも、あっさりと彼の手は離れた。泣いているだろうか。怒っているだろうか。無言のままの彼の心は見えず、しかし知らないままでいたいと私は願った。
「仕事、あるから……ごめん」
馬鹿のように同じ謝罪と言い訳を口にして、逃げるようにロッカールームをあとにする。そのまま私の机のあるオフィスを突っ切り、トイレの個室に身を隠した。頭の中はぐちゃぐちゃで、何を考えるべきかということすら分からない。
アンダーさんは‐‐拓海君は、まだあそこにいるのだろうか。
右手に固く握られたタオルを見て、今さらその存在に気づいた。新品のようにふわふわとした、紺色のスポーツタオル。これを洗濯して渡すとき、私はどんな顔をすればいいのだろう。今まで通りの関係は、これで終わってしまうのだろうか。
混乱したまま個室を出て、のろのろとトイレのドアを押し開ける。あまり席を外しては、本当に仕事に差し支える。このことは一旦頭から消し、考えないようにしなければ。
そう強く思いながらも、私の頭には彼の思いつめたような顔がちらついたままだった。
***
席に戻ると、隣りの筒賀さんが私の机で何やら探していた。自分の椅子に座ったまま、器用に上半身だけ傾けて机上を漁っている。
「あの……何してるんですか?」
「ああ、いや。ホッチキスどっか行っちまったから、ねえかなと思って」
罪悪感を感じているのか、気まずそうに笑う。
「私ので良ければどうぞ」
引き出しを開けると、黒い手鏡が左側にあるのが目に入る。昔の彼氏にもらったアナスイの卓上鏡だ。信じられないとミミや彩には言われたが、気に入ってるんだから仕方ない。新しく買い直す機会もないまま、今に至る。
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