第1章

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「……分かりました。どうしてもずらせない用事があるので、そのあいだだけ待って貰っても良いですか? 十分くらいで戻ると思いますので」  試作を二枚、工場に持っていかなければいけない。納期も厳しめなので、現場のためにも出来るだけ早く回してあげたい。 「平沢君」  御堂島が返事をする前に、立ったままの部長が横槍を入れてきた。 「それは誰かにやらせなさい。御堂島さんを待たしては悪い」  筒賀君、と部長が呼んだ。不機嫌さを押し殺して、隣りの筒賀さんが返事をする。 「平沢君から説明を聞いて、代わりにやってくれ」 「……はい」  冷や汗が額に滲んだ。私より十以上年上の筒賀さんに、私の代役をさせるなんて。どうせ私が彼に説明しなければいけないのだから、時間的なロスは微々たるものだ。考えたくはないが、先ほどのことに対する見せしめだろうか。 「御堂島さん、今日の昼食はどこで摂るか決めてありますか?」  あの部長にしては精一杯の朗らかさで、御堂島に質問する。 「いえ、特には」 「それなら平沢君、もうすぐ昼休みだから、御堂島さんを社内のカフェテリアにご案内しなさい。総務に言って無料券を寄越させるから」 「はい」  私が返事をすると、部長は満足げに着席した。普段の仕事ではさほどだが、こういうときには異様に気が利く。だからこそ部長になれたのかもしれないが。 「それでは……昨日のミーティングルームでまた打ち合わせをしましょう。少々お待ちください」  御堂島を脇に立たせながら、手早く筒賀さんに説明をする。こんなことをしている間があったら、私が行ったほうが早いのに。  数分で説明を終え、筆記用具や資料をまとめてミーティングルームに移る。時計を見ると、十一時二十分。昼休みまではあと四十分だ。  御堂島を連れて廊下を進む。仕事に集中しようと思いながらも、あの手紙が頭から離れなかった。 *** 「……で、何の用ですか?」  ミーティングルームに入って開口一番、私は切り出した。質問なら電話で充分だし、試作だってラフ段階では面と向かって打ち合わせするほどではない。 「随分な言い方だな。またお会い出来て嬉しいですとか言えないのか?」  見透かされたようなセリフに唇を噛む。どこか浮き足立っている気持ちなんて、本人の前では押し殺しておきたいのに。 「見え見えのお世辞を言われたいんですか?」
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