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さすがに、これだけで自殺を考えたりはしない。しかし、だとすればなぜこんな手紙を書く必要があったのか。
「その手紙の目的はひとつだ。お前に会社を辞めさせること。それだけだ」
「どうして……」
意味が分からず、言葉が続かない。彼の目的は私を殺すことではなかったのだろうか。この会社を辞めたとしたって、再就職もせず餓死するなんて有り得ないのに。
「社内の人間があの手紙を書いたと思い込ませれば、自ずと会社に居づらくなって辞めるだろうと思ったんだが」
「どうしてですか? そんなに私が嫌なら、上司に言って担当を変えさせればいいじゃないですか。あなたにはそれだけの権力があるし、元々は麻川さんが担当だったんだから、すんなり応じてもらえるはずです」
私がまくし立てると、彼が冷たく鼻で笑った。
「逆だよ」
どうして彼はこうも酷薄な顔で笑うのだろう。昨日、シャワーを浴びる前に見せたあの笑顔とは正反対だ。目の前の彼は、本当に昨日と同じ人間なのだろうか。
「お前が欲しい。だから会社を辞めさせるんだ」
「……は?」
「もう一度言う。お前が欲しい」
真剣な口ぶりで何を言ってるんだこの人は。
「それ、もしかしてヘッドハンティングですか?」
「お前のどこがヘッドなんだ」
「……う……」
なんだかものすごく恥ずかしくなってきたが、だとしたら今の言葉をどう考えたらいいんだ。
「この会社を辞めて俺の妻になれ。一生遊んで暮らせることを保証してやる」
「……自分が何を言ってるか分かってます?」
「分かっている。これでお前を殺せなくなるわけだが、それは唯一の例外として認めざるを得ない」
全然分かってないじゃないか。
突如言い渡された究極の二択に、ますます私の中の御堂島優琉像が揺らぐ。
「冗談、ですよね? あなたと私、付き合ってもないんですよ?」
「付き合っていなければ結婚できないという法律はない」
「……小学生みたいな言い訳しないで、説明してください」
何か裏があるのは明白だ。彼が同性愛者か、それとも既婚者となることで得られる何かがあるのか。
「お前はプロポーズに説明を求めるのか? 無粋な」
「常識的なプロポーズならもちろん説明は不要です。常識的ならね」
「そもそも常識とはなんだ。普遍的な思考に名前をつけたところで、それを他者に強要する権利など‐‐」
「グダグダ言って煙に巻こうったって無駄です」
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