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今日は新世先輩を見かけなかったので、私は独り、少し早めの帰路に着いていた。
夏の長い陽は未だ落ち切らず、暑さも衰えを見せない。かえって暑苦しく不快に思える鮮やかな夕陽が、私の右手側の空にぼんやりと浮かんでいる。それは残り火のように地上を照らし、なおも焦がしていた。
「はぁー……最近、あんまり先輩を見かけないなー……」
高等部は伝統的に中等部より少し遅く、この時期に期末考査が行われる。ちなみに私の学校は中等部が中高一貫制で、私は中等部七年生に当たる。高校からうちに入ったらしい先輩とは、同じ学校に通っていながらシステム上の理由から別の学校にいるような関係である。
閑話休題。
そのため図書館では勉強する高等部の生徒を見かける機会が多くなるが、反比例して新世先輩の出現率は悪くなった。元々彼は普段から勉強しているので、わざわざこの時期に図書館で勉強しなくても問題ないのだろう。恐らく、生徒の増加で”特等席”が埋まり、図書室を利用しない日が増えたのだ。
中等部の生徒は逆に考査から解放され、夏休みを目前に控えた気の緩む時期に入っている。要は暇なのである。図書室に行く私と別れたいつもの三人組は、帰りにカラオケに行くと言っていた。単体行動をとる私は、目的を果たせなければすることがないのだ。”特等席”にしか座ろうとしない、先輩の謎のポリシーを、私は少し恨めしく感じた。
湿気を含んだ風が、私の髪を撫でて過ぎ去った。
高い湿気と気温のせいで、こんな風でも心地よい涼しさを感じる。
「うあーっ、暇だぁぁーっ!!」
私は遣りようのない寂寥を、実際に声の爆発を起こすことで発散しようと試みた。
もちろん、それを受け止める人物はいない。というより、周りに人がいれば、そもそもこのような恥ずかしい行動は選択できない。叫ぶ前に、ちゃんとこの通りに人がいないことは確認した。
「暇か? だったら、オレとイイ事して遊ぼうぜ!」
いないことを確認した、はずだった。
だが、何処からともなく発せられた声は、しっかりと私の鼓膜を叩いた。
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