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少年が、腕組みはそのままに一歩、私に近付いた。
「そう、オレは悪魔だ。名はラウム。姉ちゃん――いや、明日葉光莉。お前は、オレのモノになった。血の契りを交わさせてもらうぜ」
「私が、君のモノ……? 血の契り……? なんなのそれ、ふざけないでよ!」
もう一歩、少年――悪魔ラウムが近付く。私はようやく脚以外は体の自由が利くようになっていることに気付き、立ち尽くすその場から身を乗り出して叫んだ。
「ふざけてなんかいないさ。オレはお前のように、オレの力を受け入れられる存在が必要だった。お前は暇を持て余している上、契約の第一段階『名を差し出す』行為を行なった。おまけに――オレが保証しよう。お前は素晴らしい才能を秘めた器だ。素晴らしい悪魔憑きになれるぜ!」
「ちょっと待ってよ、契約とか私知らないし! しかもなんで勝手に段階進んでんの!?」
「何故名前を差し出すか、か? 名前は特定存在の過去・現在・未来を繋ぐ、存在そのものの楔だからだ。言霊って知ってるか? 語にはすげぇ力があるんだぜ」
「いや、聞いてんのそんなことじゃないし! 第一、名前なんてあんたが聞いたんじゃん! 不当契約だ! 契約の破棄を要求する!!」
一歩ずつ近付く悪魔の姿は、しかし私との距離が詰まらない。またおかしな幻視をしているのかと思ったが、やがて私は自らの脚が無意識に後ずさりをしているのだと気付いた。
「とんでもない。お前みたいな逸材、絶対に逃してたまるもんか。代わりといっては何だが、オレと契りを交わしてくれれば、どんな望みも叶えてやるぜ」
まるでどこぞやのアニメのような誘惑だ。望み多き中学生の私にその言葉は非常な魅力を持ったが、私は首を振り、一瞬揺らいだ自分を恥じる。
「あ、あんた悪魔じゃん! 悪魔の力を借りて叶える願いなんて、ろくなもんにならないに決まってる!」
「あー……確かに、その可能性は否定しねーけどな。悪魔は通常、何らかの代償と引き換えに不思議を起こす。その代償が大きいものであれば、自ずと不幸を感じることもあるかもな。現に、それで自身を破滅に追い込んだやつも存在する」
「ほら、やっぱり!」
私は近寄ろうとする悪魔から、また一歩退きながら叫ぶ。
黒の空間に、波紋が沸き立つような感覚を肌に感じた。
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