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少年はほうと息を吐き、しかしながら変わらぬ余裕の表情で、開いた間合いを緩やかに詰める。
「まあ、それはあくまで身の丈に合わない代償を差し出した野郎に限ったことさ。明日葉光莉、お前なら大丈夫だ。お前には才能があるし、何よりオレは紳士的だからな。命だの何だのと大した代償は要求しねーよ」
「代償って……一体、何を?」
おずおずと尋ねると、ラウムと名乗る少年は待ってましたとばかりに邪悪な笑顔を満面に咲かせる。これまで見せた中で最高の笑顔だ。邪笑だが。
それを認識するまでの刹那に、ラウムは私との距離を一気に詰めていた。まさに、飛ぶようにという形容が相応しいスピードで、私の目はまるでその動きに対応していなかった。
「オレがお前から貰いたいもの、もう一つの契約――」
小柄なはずなのに、ラウムの双眸は私のそれと全く同じ高さにあった。少年は戸惑うばかりの私の顎に指を当て、クイと引き上げながら、最後の言葉……本題を言い放った。
「オレが欲しいのは、お前の”純潔”だ」
―――ごがっ!!!
所謂『どや顔』で言い放った彼の脳天に、組み合わされた両の拳からなる全力の鉄槌が振り下ろされた。反撃はないと油断したのだろう、彼はその直撃をモロに受け、鈍く重いクリティカルな効果音と共に堕ちていった。
「"血の契り"なんていうからどんな恐ろしいもんかと思ったら……とんでもないマセガキじゃん! バカ、死ね!」
思い付く限りの罵詈雑言を、気絶してしまったのか起き上がらない少年に向けて浴びせかける。恐怖で固まっていたのが嘘のように、今の少年からは何の脅威も感じられなかった。
一帯に広がる黒の空間が、ぐにゃりと歪む。真っ黒なので見た目には変わらないが、感覚が確かにそんな変化を感じ取った。
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