3人が本棚に入れています
本棚に追加
彼、新世亘は、私の二つ先輩に当たる、高等部三年の生徒だ。いつも本を読んでいる、所謂『本の虫』。それ故に普段俯いている事が多く、加えて長い黒髪と眼鏡のせいもあって根暗に思われがちだが、私は知っている。彼はとても優しくて、温かい笑顔の持ち主なのだ。
彼と知り合ったのは、昨年の夏。
調べ学習の為に初めて図書室に来て、資料選びから四苦八苦していた私(この時の私は人類最後の日を迎えたかのような顔をしていたらしい)を見かねて、声を掛けてくれたのが出会いである。調べ学習が終わるまで付き合ってくれ、その時もあの笑顔を向けてくれた。
その不思議な魅力に惹かれ、私は図書室に通うようになった。毎日いるわけではなかったが、彼はよくこの日当たりのいい席に座り、読書や自習に励んでいた。
私の向かっていた真の目的地は、まさに彼の居るこの席だった。といっても、ここに来た所で活字の苦手な私は何をするわけでもない。ただこの席に座って、外で部活に勤しむ生徒や自分の世界に没頭する新世先輩を眺めているだけだ。
端から見れば怪しく、先輩から見ても集中力を削ぐ存在であるのは間違いないだろうが、以前彼が「僕は構わないよ」と言ってくれたのをいいことに居座り続けているのだ。
ここ数日は来ていなかったようなので、彼に会うのは少し久しぶりだ。両肘を立てて顎を預け、足をゆらゆら振りながら、私は小さく鼻歌を奏でた。
「明日葉さん、今日は随分機嫌がいいね。でも、図書室ではお静かに」
「あ、ごめんなさい」
新世先輩が顔を上げ、笑顔を向けながら私をたしなめた。上機嫌が行動に表れた事で、彼にもそれが伝わってしまったようだ。
私は軽く赤面し、恥ずかしさを紛らわせるために別の話題を振ることにした。
「そういえば先輩、今日は何の本を読んでるんですか? 随分古そうな本ですけど」
彼は読書のジャンルを選ばないが、それを加味しても今日読んでいる本はいつものそれと少し趣が異なった。
最初のコメントを投稿しよう!