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先輩の背中が見えなくなるまで見届けると、遅かったじゃないと話しかけてくるお母さんへの返事もそこそこに部屋へと篭もった。
壁に掛けた鏡には、にやにやとした怪しい表情が映る。今更ながらに恥ずかしくなって、私は両膝に顔を埋めた。
「はぁー……」
我ながら単純だなとは思うが、私の脳内は今、幸せに支配されている。まるでここ数日の悩みが全て吹っ飛んだようだった。
未だ続く幸福の余韻から、私はどうも落ち着きを失っていた。突然立ち上がって鞄を投げ捨てると、愛用のベッドへ勢い良くダイブ。
さらに枕を引き寄せ、顔を押し付けるように埋める。ふかふかの布団に自らの身が沈みゆく感覚が、今の気分とも相まってなんとも心地よかった。
「沈み込んだり飛び跳ねたり、忙しいな。姉ちゃん」
枕に顔を沈めたまま、私は目を見開いた。
今、この部屋には私以外に誰もいないはずだ。声が聞こえるはずがない。
……そうだ、これは気のせいだ。
私はそう思うことにして、緊張に強ばる体を敢えて起こしはしなかった。きっと気苦労で疲れているのだろう、ぐっすり眠れば何事もなく――
「おーい姉ちゃん、聞こえてるかー? 起きてるのは知ってるからなー」
……残念ながら、空耳ではないらしい。数分前までとは全く違う原因から、私の鼓動は再び早打ちを始めた。
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