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「やぁ、明日葉さん。少しぶり、かな?」
図書館の戸を開け、早足のままに〝いつもの席〟に向かう。そこには、変わらぬ様子で〝特等席〟に着く、新世亘先輩の姿があった。窓際の特権である日当たりのよさは残念ながら得られなかったが、今日ここに居る辺り、先輩にとってそれはさしたる問題ではないらしい。
私には何故か先輩に会うのが、遙か時を超えての出来事のように思えた。実際は木曜日に会って以来なので一週間の間もないのだが、何がそう思わせているのか私にはわからなかった。
「失礼します」
「うん」
先輩の向かいの席に座り、片肘をついて体重を預ける。先輩は私へにっこり笑顔を向けると、再び読んでいた本へと視線を垂れた。あの『Aγγελοζ《アンゲロス》』とかいう分厚い聖書のような本だ。流石の先輩もこれを読むのは骨が折れるのだろうか、前に会った時と残りページの厚さがさほど変わっていないように思えた。
ここは図書室であるが、基本的に私は本を読まない。ただ読書にいそしむ新世先輩を眺めるだけであり、場所本来の目的を考えれば明らかに浮いた存在だ。それを自覚してなお居続けるのは、先輩のいるこの場所が私にとって安らぎの場となるからだ。
事実、先ほどまでの不安や懊悩も、先輩の顔を見た瞬間から和らいだように感じた。
しばらく、先輩が聖書をめくる様子を眺めていた。読書の邪魔をすると悪いから、極力話しかけないようにしている。これもいつものことだ。そのため、特に会話もなく静かな時間が流れていった。
(毎日のように押しかけて、何するでもなく見つめてるだけ……私って、もしかしてストーカーっぽいのかな……)
途中、そんな不穏な考えが頭によぎる。
私は不都合な想像から目を逸らそうと、慌てて注目の対象を新世先輩から外へと切り替えた。
空調機の稼働音に混じって、窓を隔てた向こう側から微かに雨音が聞こえる。何気なく周りを見回すと、まだ考査中の高等部生徒が勉強している様子がちらほらと見られた。
状況の中身としては、独りでいることと大差ない。だがこの数日、独りでいると必ず蘇ってきた不安な影は、不思議なことに全く思考に上らなかった。
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