-Days.7- A.part

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「……ねぇ、明日葉さん」 暫くして、唐突に先輩が声を掛けてきた。『Aγγελοζ』が開かれたままであることから、読書を終えたわけではないだろう。手帰り際以外で、先輩の側から話しかけてくるというのは非常に珍しいことだった。 「ひゃ、はいゃッ!?」 ここ数日の考え事で、疲労していた頭が睡眠を求め始めたところでの不意打ちである。前置きなくいきなり思考を現世に引っ張り戻された私は、我ながら間抜けな奇声と共に心臓を跳ね上げた。 部屋のどこかからクスクス笑う声が複数聞こえ、私は顔が熱くなるのを感じた。 それも、その様子を先輩にも見られてしまったわけだ。もう最悪。穴を掘って埋まりたい。 「はは、ごめん。驚かせちゃったかな」 幸い、先輩に呆れたり笑い飛ばしたりする様子は見られなかった。それどころか、むしろ申し訳なさそうな表情ですらある。まさに天使だ。 だが、やはり顔を直視するのはなんとなく気まずい。私は伏し目がちに問い返した。 「なな、なんですか……?」 「うん……ねぇ明日葉さん、君にはこの世界――どんな風に見えてる? 満足できてる?」 声を掛けるタイミング以上に唐突な質問だった。危うく「ほへ?」という恥を上塗りしそうな声を出しかけ、何とか飲み込んだ。 「えっと……世界とか難しいことはよく分からないですけど。私はそれなりに充実した生活を送っていますよ。勿論悩んだり落ち込んだりすることだってありますけど、たぶん、満足してるって、言えるんじゃ……ないかなぁ……」 突然『世界が』などとスケールの大きな話を振られても、急には纏まった言葉が出てこなかった。親友たちとの談笑、先輩と居るこの時間、あの日の不可思議な出来事。 断片的に浮かんでは消えるイメージを、私はせっせと言の葉へと紡ぎ上げようとした。 「成程ね……そしたらさ、もしその〝満足な生活〟が、弱者を踏み台にした上にあるものだとしたら。偽りと嘘にまみれ、幾多の思いを踏み潰して君臨する虚構だとしたら、明日葉さんはどう思う?」 「え、えーっと……」 質問といい、言い回しといい、聖書の影響なのだろうか。抽象的な表現に、思考のレベルが追いつかない私の頭は錆び付いた悲鳴を上げていた。
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