0人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
先輩も苦悶する私に気付いたのか、苦笑すると、ごめんごめんと言いながら手をひらひらさせた。
どうやら与えられた思考時間はタイムアップを迎えたらしい。少し悔しくも思いつつ、内心では多大な安堵に胸を撫で下ろしていた。
「無理に答えてくれなくても大丈夫だよ。ちょうどそういう話を読んでたから、意見を聞いてみたくてさ」
やはり聖書の影響か。
私は軽く本の中身を見てみたが、フランス語で書いてあるらしいその内容を理解することは、ほんの一片すらも叶わなかった。
「むー……私にはわからないです。聖書って面白いんですか? 堅苦しいこと書いてあるだけのイメージしか無いんですが」
「読めれば案外面白いものだよ。それに、堅いのは仕方ないよ。こういう本は誰にでも読めるんじゃなく、一部の人間しか読めないからこそ価値があるんだ」
「そうなんですか?」
先輩の表情が苦笑から色を変え、ぱっと輝いた。珍しく私が〝本の中身に関すること〟に食いついたからだろうか。
「うん。例えば神託とか占いとか、お告げ的なものって大抵難しいこと言うだろう? あと、儀式の時唱えるお咒いとかもね。ああいうのは誰にでも分かると神性・神秘性が失われる。知的生命体である人間は〝理解できないもの〟に警戒から畏怖の念を抱き、また神秘性から憧憬の念を抱く。だから特別な言語や表現を用いることで、内容を崇高なものへと昇華させたんだ。それを人々に伝えるための媒体となったのが、神官や巫女と呼ばれた人々だ」
長い説明に、私の頭は少しクラクラした。
何となく言いたいことは分かる。私だって訳のわからないものに遭遇したら怖いと思うし、その一方でその存在を凄いなと認めてしまうのもまた事実だ。
あの、悪魔のように。
「……とりあえず、難しい言葉使ったら凄いんだぞーってことは分かりました」
「あー、えっと……その理解にはちょっと問題があるな……」
新世先輩の表情が再び苦笑のそれへと戻った。その反応が、私にも苦笑を誘発する。
苦笑の対面がどうにも可笑しく感じ、気付けば私たちはどちらからともなく笑っていた。間もなく、図書委員の「お静かに」というお叱りを二人揃って受けたのは言うまでもない。
最初のコメントを投稿しよう!