第1章

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    一          ──また、物入りか。  家電量販店を出た鳥栖駿介は思わず呟いた。  十日ほど前に古くなった自転車を買い換えたばかりだった。ほとんどの物品は近くの量販店で買い揃えていた。  買った自転車はその店頭に並んでいた安物で、一万円を切っていた値段に魅せられてのことである。  安定した収入といえば、二ヶ月に一度振り込まれる三十八万円余の年金と、あとは出版した本の印税が、忘れかけた頃に入って来る五、六十万円だけである。  昼過ぎまで機嫌良く動いていたパソコンが急に動かなくなり、買った量販店に持ち込んだのであった。  先客がいて二時間ほど待たされたが、修理担当者があちこちいじった結果、充電不足による不具合だろうということになった。  取り敢えず初期設定に戻してもらい、なんとか使えるようになったものの、見たところ通常の画面構成ではない。  F3・F2キーをやたらと叩きながら操作しているのだが、画面に現れる文字は異常に大きく、文章などとても書けそうではなかった。  修理の係員がいうには、これは暫定の初期設定で、自宅に帰りインターネット電波を受信すれば普通の文字になるという。 ──それならいいのだが、果たして元に復するだろうか。 「充電器というのは、今回のように一年足らずで使えなくなるのですか」  駿介は半信半疑で訊ねた。 「自然摩耗ということもあります。店頭に並んでいた年月もありますから……」  投げ売り商品だったせいか もしれない。  それなら買うときに一言ぐらい言ってくれてもよかったのだ。と思ったが、通常価格の三割引きだったから口には出さなかった。 「持って帰って起動してみてください。もしかするとデータは消えたかも知れませんが、パソコン自体は大丈夫だと思います」  動きが悪くなっていたパソコンだから、機械はどうでもよかった。大事なんはデータなんだ!。  これは安物買いの報いかもしれない。一時も早くデータが残っているか確かめようと、気もそぞろに駐輪場に向かった。  駿介は自転車の荷台に置いてあったピチピチパッチンでパソコンを包み川のほとりの歩道を走った。    外に出てみるとすでに日は落ちきり、外灯のある辺り以外は闇に包まれていた。  走りなれた道とはいえ、ライトは点けて走った。
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