第1章

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 三百メートルほど走ると、直径二十センチぐらいの円い車止めの石が置かれている。  そこが歩道の終わりで右に曲がれば直ぐ市道に出る。住宅地を通り過ぎると五分ほどで自宅マンションだった。    ──あと少しだ。    の焦りが足下を狂わせてしまった。    いつもなら難無く玉石の頂点に左足を乗せ、そこで一旦止まり細くなる道幅を押して通り抜けるのだったが、そのときに限って玉石の側面に足を掛けてしまった。    一瞬、体が左に傾きなすすべもなくドタッと倒れてた。  若いときならこの程度の転倒など屁とも思わず立ち上がれるのだが、後期高齢者の哀しさで左肩を強く打ってしまった。  無様な恰好で左肩を捻ったまま、自転車がのし掛かり立ち上がれない。    転倒寸前に頭を右手で庇ったせいで、突堤の衝立に直接頭を打ち付けずにすんだ。    あと十センチほど左に寄っておれば、救急車のお世話になっていたかもしれない。打ち所が悪ければあの世とやらに直行だったかも。    後ろから散歩してきた老婆二人に助け起こされ、自転車を立て直し、飛び出していたパソコンを荷台に入れて走ろうとしたが、左肩の激痛でそれもならず、仕方なく自転車を押してそろりそろりと半べそ混じりで家に着いた。  ──データは残っていた。  ほっとしたのも束の間、左腕がだらりと垂れ下がったまま動かなくなっていた。  ──肩のアキレス腱が切れたかな?  近くの整形外科医が常駐している病院は閉まっている時間帯だった。  翌朝、診察が始まるのを待ちかねて受診した。  この病院は風邪のときとか、疲れたときに点滴を受けたりしていた。家内のかかりつけの病院でもある。  いまはやりの老人介護ホームなども手広く経営している。 「肩の腱が二箇所切れていますね」  レントゲン写真を見ながら整形外科医が告げた。駿介には医師がいうほどはっきりとした断裂箇所は判らなかった。 「まず間違いないですね。より詳しくMRI検査をした方がいいですね。なんでしたら紹介しますよ」 「MRIですか……」  この病院にその設備は無いといった。  あまり好きな検査方法ではない。閉所恐怖症まではいかないが、どうもあの管?の中に入れられ、奇妙な震音を聞くと逃げ出したくなるのだ。 
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