8人が本棚に入れています
本棚に追加
夜の霧の中を、私は車で走っていた。
ここらでは珍しい程の濃い霧。
速度も出せない。
街灯の明りが、うっすらと、ぼんやりと、宙に浮いている様子が妙に綺麗だった。
遠くの街灯の明りは、まるで、この世のものではない‘何か’に思えた。
奇妙だったのだ。
私が存在している、私が知っている、ものとは程遠いくらいに。
緑がかった霧が、ゆっくりと蠢いて私の車を飲み込んでいく。
異形のもののように。
音もなく、静かに、静かに、蠢く霧を見ていると、知らない世界へ連れて行かれようとしている感覚に陥った。
この世界とは違う世界へ。
――ねぇ、ゆき。僕たちは何処へ行こうとしているんだろう――
遠い記憶、誰かがそう言っていた。
あれは誰?
――「ねぇ、ゆき。僕たちは何処へ行こうとしているんだろう?」――
――「まるで、僕たちは雨の中へ消えていくようだね」――
遠い、遠い記憶。
きっと、思い出す事なんてできないのだろう。
だから、霧の中に私は飲み込まれてしまったのだろう。
これから先も、私は霧の中から抜け出せないのだろう。
―終―
最初のコメントを投稿しよう!