その一

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   実はナルという単語、これにはちゃんと意味があった。  ユークの父親の故郷に古くからある単語だった。エングリスから海を渡って向こう側の小国、カラカコスの。  カラカコスの昔話に登場する、幻獣ナルィルィス。これが元になっている。  お話によると、ナルィルィスはカラカコスの今はなき森の奥底で暮らしており、その力でもってカラカコス全土の植物を加護していた。そのためにカラカコスは野菜や果物、そして木材がとても豊富で、人々はその恩恵に浴していた。  けれどあるとき、別の国の者がその力を狙い、ナルィルィスを捕まえて自分たちの国へと連れて行ってしまった。そのためにカラカコスは植物が枯れ、人々は嘆き悲しんだ。しかしカラカコスは弱く、力を持ってどうすることもできなかった。  温厚な性格であったナルィルィスは捕まえた者たちを殺すことはなく、その地から逃げることもしなかった。帰ってしまえば祖国が戦いに巻き込まれると思ったのだろう。  そしてどうされても絶対に自らの力を使うことはなく、カラカコスのようにその国の植物に加護を与えることはなかった。さらに出された食事に一口たりとも口にせず、じいっと鎖に繋がれたままに動かなかった。  幻獣といえども、ナルィルィスは不死の存在ではなかった。空腹が続けば、やがて死んでしまう。
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