第1章

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 『前奏~仮面舞踏会前夜祭~』  ―僕は背景が存在しない白亜の空間に立ち尽くしている。  静寂と云う形容をも超越した完全なる無音の世界。足元の高低差も判然とせず、四方を見渡しても方角や面積が推量出来ない程に広大な空間の下。そんな無限大の様な空間の中で僕は独り、何をしようとしているのか? <何を、しようとしているのか……?>  何かの映像を観賞する様に、客観を通して僕が僕自身の背後を眺め遣っている、と云う瞬間が厳然と在る。しかしその<僕>はそんな視点や意識の混在に疑問や違和感を呈しない侭で、何気無く歩を進めて続けている様子なのだ。  此処には時間軸が無い。丸で無重力の小宇宙空間……。余りにも空虚で森閑とした、感触の希薄な夢幻の世界……。 <完結した永遠の中で、当所も無く歩き続けるのは何故だ?> <君は何処に行こうとしているんだ?> <否、そもそも君は何者だ? 君は僕なのか? 僕は君なのか?>  主観と客観の視点が錯綜する中で、僕は歩み続ける自身へと矢継ぎ早に問い掛ける。しかしその<僕>は口を噤んだ様に一向として答えはしない。何処か無感情な様相で、薇を捲かれた陳腐な機械人形の如く愚直な迄の前進をし続けるのだ。  そしてその中途、<僕>の行進を立ち塞ぐ様に眼前へ忽然と何者かの影が出現した。空白に満ちた世界で突如煙の様に噴出した幻影……。しかし、歩行者である<僕>はその現前の仕方へも眉一つ吊り上げる事は無い。潜在意識下に住まっているらしい僕は、この無限空間で初めて他人と邂逅が果たせた事実こそを最優先に驚喜し、何事か相手に語り掛けようとする。 ……しかし、声が出ない。無音の世界での仕組みだからなのか、自身では発音している心算でありながら、咽喉が塞がれたかの様に頑として発声が効かないのだ。一転して惑乱した僕は、口真似や表情、身振り手振りで必死に表現を図ろうと試みる。だが顔面は肉付きの仮面で固着されたかの様で、一筋の変化も不可能で在る事を即座に自覚させられた。  何故だ?  話し掛けたい。話し方が解らない。  微笑み掛けたい。笑い方が解らない。  更なる困惑が募り不様な程に取乱した僕は、その所作にも全くの無反応を保つ眼前の相手へと縋る様な視線で見遣る。しかし静観する相手はそれでも微動だにしない。それもその筈なのか……、僕は眼を剥いた。
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