第1章

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 何と相手には頭部は存在しても、顔が見受けられないのだ……!意思を表す事も、会話も不可能な顔面……。本来所定の位置で個々に収まっている筈の目鼻、口と云った肉体的部位が一切存在していない、完成前の人形の様な無面……。不測の事態に思わず僕は畏怖の悲鳴を挙げてしまった。しかし塞がれた咽喉のせいかその悲鳴は殆ど反響する事も無い。 静謐な空間は残響をしっとりと吸収し、何事も無かったかの様に世界は再度永遠の虚無で満たされる。  動悸が収まらない僕は、その場で必死に自身の外貌を手指で弄り始めた。僕も彼と同様に、顔無しの無機質な木偶人形に成り変っているのだろうか? ―怖い、怖い、怖い。一体の人形に成り果て、この虚無の世界に取り込まれて仕舞うなんて……。僕は顔が欲しい、声を出したい、無感情な人形には成りたくない。助けて、助けて、助けてくれ……!! ―悪夢はいつもここで醒める。              * 『入場受付・~仮面舞踏会へようこそ~』 ―ようこそ、電脳仕掛けの仮面舞踏会へ!  若し貴方がこの舞踏会へ参加したければ、事前に入場資格を得る為の原則と知識をお教えしよう。 ……古来、仮面舞踏会とは参加者達が寓話的且つ宗教的な仮面と衣裳を装着し、典麗なる行進や舞踏を宮廷内で執り行っていた催しが起源とされる。 ―しかしこの一連に於ける舞踏文化が隆盛を極め公的な祭典迄へと認知されるに至った際、時の権勢者達は一抹の畏怖を覚え禁止令をも発布したと言う。  曰く、『仮面舞踏会は風紀を紊乱させる反道徳的性を秘め、社会的悪影響の元凶に成り得る』と……。その潮流を受け、為政者のみならず各界でも公然たる批難は続出し、各地でも反対運動が散発し衝突が繰り返された……。 ―それでは何故、仮面舞踏会は物議を醸し社会全般から危険視されたのか……? その社交舞踏文化の何処に、人心を撹乱してしまう程の蟲惑的な魅力が孕まれているのだろう……?  身分素性、容姿すら仮面の基では白紙に戻され、会場内の参加者達は誰もが平等に扱われる。愛好者達はきっと自身に於ける出自、家庭環境、社会的立場や役割等、人生に纏わる柵や鬱屈、劣等感から解放される時間を希求していたのではないだろうか?
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