第1章

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 仮面はどんな人間も記号化し、個人性を喪失させる。相互の正体を秘匿する事は、過去の隠蔽、捏造をも可能にせしめるのだ。舞踏会への参加者達は、そんな現実逃避がささやかな一時では物足りなくなり、現実へ回帰する事そのものを躊躇し始めた……。 そんな変身願望に囚われた民草が増殖すれば、社会機能全体が麻痺し政治経済が立ち行かなくなる事態すら想像される。時の権力者達はそんな情勢に危惧を感じ、強制的な禁止法すら創案したのではないだろうか……? ―そう、人間は何者かへなりたがる。人間は自分と言う存在や状態から脱却したいと、秘密裏に渇望する。仮面舞踏会の参加者達は何者かを演じられる事での昂揚、何者でも無くなりあらゆる束縛から解放される事への安堵を得て、隠れ家から踏み出る意志を萎えさせられたに違いない。 ―そして望むのならば、案内役たる私は飛躍的発展を遂げた未来で開催される、電脳で仕組まれた仮面舞踏会の祭典へ貴方を導こう……! 豪華絢爛たる退廃の宴、享楽と夢幻の一夜へと酔い痴れて頂く為に……!! ―それでは先ず、この仮面舞踏会の起源から解説を始めよう……。  この社会が構築され始めたのは、悠久の太古である二千年代……。当世、世界全体の経済社会は混迷を極めていたと云う。三流喜劇と揶揄された、傲慢と欺瞞で腐敗された悪政。 メディアに於ける情報操作の潮流を盲信し、主体性も無く資本社会の飼い犬に成り下がった一般市民達……。  当時は、退廃が悪疫の如く蔓延し人心を変質させていた。そして取分け人間の内奥へと侵食し、どこ迄も反吐の如く癒着している社会問題が存在した。 ―それは同じ人間。有態に表現すればコミュニケーションだ。当時、社会全体で対人恐怖症、視線恐怖症等の精神的病理を訴える患者達は爆発的に急増していた。本来、悪因を総括、断定するには複雑過多であるのが生物の精神構造と云うものだろう……。しかしメディア全般は、それ等病弊の主因とは社会の急進的な近代化が人心を圧迫している、と云った見解を実しやかに喧伝し続けた。そして、その論旨は容易く固定観念として世間へも浸透して行く……。
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