第1章 #2

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 仮面を脱ぎ捨てると言う行為は、自己存在を獲得する為にはどうしても必要な通過過程だったのだ。無色透明な存在から脱却し唯一と成る為にこそ不文律から違犯したのであれば、いつ迄もこうして 溝鼠の様に地下を徘徊している訳には行かない。それも叉無色透明の一形態と堕してしまうからだ。  有色で在りたいのならば、隠逸は不可。それは誰にでも無い、自分が自身へと架した誓約の様なもの……。例えどこかに世間の目や警察の追手から遁れられる隠れ処が存在したとしても、そこへ安住する事は許されない。 自身の理念と覚悟を立証し続けるには前進以外は無いのだ。統一記号で構成された社会へ、唯一の記号を背負い身を投じる。 ―つまりは素顔の侭社会へと対峙する。それだけだ。それ以外には道は残されてはいないのだ……。               *    都市全体を眺望出来る、高層ビルの一角インダーウェルトセイン・シティビュー。その市街の景観に魅入る事も無く、寧ろ睥睨しながら忙しなく足踏みを続けている恰幅の良い男が一人。 ―警官達を大量動員し、市街全体に警備網を敷いてから数日が経つ。しかし一向に目撃情報が収集されない事等から、ロイトフは更に焦慮を募らせていた。世論から自然と呼称が定着して行った通り魔『エス』……。大規模な捜索の中でも奴の足取りが依然として捕捉出来ない。  奴の所在はどこだと言うのか? たった一人の逃亡犯も捕獲出来ない様では警察機関の信用問題に関わり、引いては国家全体の威信と安危にも関わる重大問題にも成り得る。犯人捜索の成果が振るわなければその日数に比例し警察機関への重圧は増大する一方で、反面、権威は失墜して行く……。  自身の地位が根底から脅かされている現在、ロイトフは見るに耐えない程焦燥し切っていた。 (―唯一の救いは、捜査を撹乱する様な偽情報や誤報が通報されない事だが……)  そう、現代ではヘッドギアに由る個々の存在認証が徹底されている。ネット上の掲示板程度ならば匿名同士でのやり取りも容認されているが、当然個人情報は全て記録されているのだ。確実に身元を特定出来るが故に、警察へ通報する場合匿名を押し通す事は不可能。前時代ならば、大事件が発生する度に悪質な悪戯としての偽証迄もが爆発的に警察元へ舞い込んで来ていた筈だ。現代では通報者の身元を割り出せる以上、こう言った怪情報に惑わされる心配は無い。
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