第1章 #2

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 冷然とした地下下水処理場の中、ロイトフに由る厳命の下でマンホールから地下世界へ潜入した捜索隊は、既にエスの足跡を掴み掛けている―。当初、地下への調査命令が下りた際は誰もが首を傾げたものだが、今では捜索に従事する者達全員が長官の推測に信服の念すら覚え高揚していた。  エスが地下へ潜伏していると言う仮定から事件現場の区画内で捜査を開始した所、まず一箇所のマンホール蓋が強引に抉じ開けられたかの様な形跡が発見されたのだ。これは周辺の指紋採取を図れば更に正確性が増す為、ネット通信を介し早速鑑識へ検索依頼が掛けられている。  そして肝心の地下世界の様相だが……。ヘッドギアの内部気圧計や温度計から、従来の地下下水処理場とは異なる微妙な変化が計測された。つまり、何者かの侵入に由って地下の気圧や温度が変移した、と言う可能性が浮上して来たのだ。葉脈の様に地下世界を網羅する下水道内だけに、一人の人間の所在を突き止めるのは砂漠で砂粒を選り分ける程に困難な作業ではある。しかし、少なくとも犯人の逃走手段迄は看破した。後はエスの逃走経路と現在地を読み解く迄に捜索活動は進展しているのだ……!  どこに潜伏しているか計り知れぬエスの急襲を警戒しながら、捜索隊は慎重にその歩を進める。何者かの足跡を発見出来れば、靴の型や進行方向、泥や埃の堆積、鮮度等の要素から科学的に精査して行く事も可能なのだが……。  ……そして暫くして不意に、一人の隊員が大仰な声を張り上げ上司格の男へと誰何した。 「隊長、見て下さい、これ……!」  一人の部下が指し示すその先を、反射的に一同が振り向き一斉に凝視する。示されるその先には、薄闇の下に翳りながらも目に付く異状が横たわっていた。  通路の片隅に打ち棄てられた残飯……。これはつまり、下水処理場の通路で何者かが食事を済ませた、と言う物的証拠だった。この形跡を見て取った瞬間に、捜索隊は一様に騒然とした声を挙げどよめき立つ。犯人の特定に緊張を感じ萎縮する者、既に犯人を逮捕したかの様に愉悦を感じ浮き足立つ者と、各人の反応は千差万別だった。  そんな各様の反応を窘める様に、上司格の男は一喝する。 「気を引き締めろ! 犯人が近いと言う事はこちらにも危険が及ぶかも知れないと言う事だ。自暴自棄になった相手は何をしでかすか判らんぞ。
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