第1章 #2

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 そして、万一にも奴を取り逃がす訳には行かない。捕獲出来るなら今この時、この場所しかないのだ!!」  鶴の一声に、一同は一瞬にして襟元を正す。勿論恫喝しながらも、上司格の男にも興奮や恐怖心は内心で脈打っていた。しかし隊を指揮する役割上、部下から気取られない様に平静を保つ事は義務に近いのだ。 ―そして全員が神妙になったその刹那、ヘッドギアの集音機能から一定の規則を伴う音が鼓膜を掠めた。  一同はダイヤルを最大限に上げ耳を欹てる。 ……カツ、カツ、カツ……。  コンクリートの床を反響させているその物音が、人間の足音だと判断する迄に数瞬も必要は無かった。 「奴だ! そう遠くないぞ!!」  部下達へ一斉に動揺が走る。しかし言うが早いか、部下達の反応を確認する前に隊長格は疾駆し始めた。聴取される足音、歩調の質や音量をヘッドギア電脳に計測させ、犯人の大よその現在地と方向性を探る。 (自分とエスとの距離間は凡そ数百メートル、北西の方角と言った所か……!)  息が乱れる程に疾走する最中、隊長格の男はヘッドギアの視界を夜間用暗視スコープへ切り替える。  真暗闇でさえも視認可能とさせる赤外線照射機能を付加させ、視界可能距離は150メートル、最長認識距離を100メートルに迄引き上げさせた。その上で高感度な温度検知能力に由る体温自動追尾機能を同時展開させる。ヘッドギア内部の視界には、熱画面と可視画像の同時表示が瞬時に成された。これに由り、高温点の対象が移動し続けても捕捉が消失する事は無い。  何より現在、地下下水処理場に存在する人間の体数等は極く限られている。温度検知能力は、捜査する熱源を人間の基本体温一点のみに設定して置くだけで良いのだ。 (地下世界ならば、追い詰めた先はどこにも逃げ場の無い閉塞……。それ以外は無い。ここ迄来れば奴の捕獲は目前だ……!)  微かに響く声音や足音から、部下達も懸命に自分を追走している事が背後からも感じ取れる。しかし彼は仲間の追随を心強く思うよりも、本心では疎ましいので振り切りたい、と拒絶すら覚え必死に 脚力を上げて行った。  それは社会的注目を浴びる犯人へ接近している事を生々しく肌で実感し、急激に本人の胸中で下賎な欲目が擡げ出した故の心境だった……。 (―手柄は俺の物だ、俺の功績だ……! エスを捕らえ、世間を席捲する英雄はこの俺と成るのだ……!!)
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