第1章 #2

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 刑事の一人が、礼儀は弁えつつも憮然とした調子で答える。 「マスコミやネット上で、貴女の存在が明るみに出始めているんです……。こう言った事は、必ずいつかはどこからか情報が漏洩するものなので余り動揺して欲しくはないのですがね。兎も角近い内に、貴女の存在を嗅ぎ付けた記者や興味本位の野次馬達がここへ一斉に押し寄せる、と言う事態が考えられます。他には、不安にさせたくはないですが過激派の襲撃、と言う線も……。  ですから、今の内にひっそりと貴女の寝泊りする場所を移したいのです。今、グランドフィアット『シュガーポッド』ホテルでの宿泊を手配している所です。なーに、我々は貴女に事件そのものの関連性は無いと判断していますし、寧ろ現在は警護する事が仕事の主体になりつつあります。宿泊もあくまで事件解決迄の一時的な間です。警察が威信を賭けて貴女を護りますので、ご安心下さい……」              * ……そうして警察が配備した覆面自動車で秘密裏に護送される中、彼女は夜道の車窓からエスの面影を捜し続けていた。  輻輳する喧騒。煌びやかな照明に色付いた街頭。行き交う膨大な通行人達……。無論、街中で逃亡犯の後姿等が見付かる筈も無いのだが、彼女の心中は全てエスへの懸想で満たされていたのだ。  彼が意を決して吐き出した、胸中の告白を反芻する。 『自分を出すとは如何言う事なのか?』 『そもそも自分とは何なのか?』 『僕は、君にさえ胸襟を開いて接して来れなかったんだと想う。いや、開くだけの心がそもそも無かったんだ』 『僕の事なんかは忘れて、君は君の人生に踏み出して行って欲しい』 (……この社会の成り立ちに付いて、今迄思い巡らせた事も無かった。子供の頃から存在する環境を、通念を、疑う事も無く当然として受け入れて私も生きて来た。大半の人間なら常識として捉え、寧ろ享受すらしているヘッドギア。それが自己や個性を覆い隠す仮面だ等と、不満に感じた事も無かった……。  でも、今迄の私の人生は全てが仮初めだったと言うの? 貴方と一緒に過ごして来た日々の全てすら、お互い内実の無い演技の遣り取りだったと言うの? そう突き付けられると自身の過去の全てが余りにも無意味で空虚な、吹けば飛ぶ様な幻想に想えて来て耐え切れなくなる……!) (只、私自身が不穏な状況に巻き込まれてはいるけれど、彼に対する怨嗟等は一欠片も無い……。
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