第1章 #2

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 ヘッドギアに由る監視機構がある為に、自宅へ下世話で侮辱的な落書きを書き殴る、窓ガラスへ石を投げ込まれると言った類の軽犯罪被害はまだ蒙っていない。しかしだからこそ過熱する暴動の熱量は捌け口を知らず、24時間絶えず何者かが自宅付近を徘徊し自分達を苛み続けて来ると言う、衆人環視の冷徹な蔑視として攻撃手段が取って代わっていた。  自宅設備のシャッターやカーテンは全て閉め切っているが、今も四方の窓外から第三者達がうろつく気配があからさまな程に感じ取れる。父親は魂をも吐き出すかの様に深く慨嘆した。 (家庭の範疇に限らず近隣や学内でも品行方正と言う評判で通っていた息子が、パレードの最中に進行を妨害し、あろう事か社会に於ける最大の禁忌迄を冒したと言うのか……! そして更に犯跡を眩ませ、逃亡生活を続けていると迄……!! 警察からの急報を聴き付けた時は、誰かから祝祭に託けた冗談を受けているのでは、と訝ったものだが。まだ、今でも息子が突如発狂し、その様な犯行に走ったとは信じられない……!  しかしあの犯行声明を手掛かりとすれば、息子は以前から強烈な犯罪願望を鬱積させていた様だ。これ迄生活を共にしていて、情けない事に息子の胸中や変化の仕方等、何一つ読み取る事は出来なかった……) <……何故、エスと言う怪物は現代社会から産み落とされたのか……? 今迄何不自由無く円満な家庭で成育され、近隣や学校でも真面目で温厚な青年と評判の立つ彼が犯行に及んだ、その精神的病理とは一体何なのだろうか?>  その様な一連の考察や議論は各種メディアで挙って展開され、警察からの事情聴取でも特に綿密に訊かれる事柄だった。 (原因の所在は家庭に潜んでいると言うのか? 教育者としての私達に責任が在ると言うのか?)  しかし混乱する脳内で思索を幾等巡らせても、思い当たる節は何一つ浮かばない……。父親からすれば正に寝耳に水、と言った心境だった。 (確かに、あの子は幼時からどこか感受性が鋭敏な所はあったかも知れないが……。しかし思慮深く温和な性格だった為、時折物思いに耽る合間は見受けられたとしても、何かへ反抗を示す事は無かったと想えるのだが……)  ふと、現状からの逃避や懐古の情も伴って、息子へ最大限の情愛を注いでいた極く幼い頃の日々が回想された。 …………。 (―「……お父さん、僕はこっちの道へ行きたいよ」
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