第1章 #2

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 自宅への帰路の中。藹藹と茜雲が棚引くの空の下、夕陽に照り映えるその子供は屈託無く反対方向を指差した。未だ年端の行かない幼児の他愛も無い気紛れ。こんな些細な我儘は、初めて我が子を得た父親としては寧ろ微笑ましい対話だった。  男は、思い遣りを十二分に含ませ、子供でも理解出来る様にと一語一語を噛み砕く様に教え諭そうとする。 「まだヘッドギアの操作が解っていないのかい?幼児用と表示された項目に目線を合わせてオートモードにしなさい。  良いかい?お前が今頭に被っているヘッドギアは生活の全てを支えてくれる素晴らしい機械なんだ。今、私達がお家に帰ってお母さんが料理を作って待っていてくれていると言う情報はヘッドギアに入力されている。私達の現在地や目的地を、機械が政府のデータベースと通信して距離や時間、道路状況等を計算する事で最適な経路を検出し教えてくれるんだ。  ちょっと難しかったかな?つまりね、簡単に言えば画面に表示されている地図、矢印、音声に従って歩いて行けば、一切迷う事も無く目的地に着けるんだよ。ヘッドギアはこちら側の道路へ行く様に指し示しているだろう?」  息子は暫く呆然と黙りこくって立ち尽くしていた。私は解り易く説明しようと心掛けたつもりだったが、これでも未だ年端の行かない子供には理解の及ばない範疇だったのだろうか?  しかし、私が感じた若干の反省や解釈とは裏腹に、息子は子供特有の突拍子も無い奇妙な放言をし始めたのだ。 「……機械でも解らない近道は無いの?」  今度は私が呆気に取られる番だった。子供の意を汲む対話とは容易なものではないのかも知れない。 「機械に解らない事は無いし、間違い等は決して起こさないよ。ヘッドギアは最も正しい答えを教えてくれるんだ」 「でも、あの庭の茂みを突き抜ければもっと早いんだよ」  息子は誰も知り得ない秘密を明かすかの様に、得意気にその庭先を指し示した。私は反射的に声を荒げて説き伏せ様とすらし始める。 「お前は今迄人様の庭を勝手に横切っていたのか? そんな事は許されないし、機械の情報には無い、絶対に指示されない間違ったやり方だ!」
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