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―そして次には、無造作にその鋭利な切っ先を自分自身の首へと向ける。しかし刃物を実際に首へ宛がおうとした矢先、ヘッドギアは周辺へも轟くかの様に突如大音声の警告を発し始めた。
『警告します。現在、包丁に於ける持ち方が一般的な使用方法から逸脱している可能性が感知されました。使用者本人に重篤な危険が及ぶと判断された場合、速やかに中止を促す様に政府管理下の基、ヘッドギアは設定されています。
若し使用者に由る意図的な自殺、と映像記録から判断された場合、その後の国民保険は遺族へ適用されません……。
繰り返します……。若し使用者に由る意図的な自殺、と映像記録から判断された場合……』
父親は悄然と包丁を振り下ろした。例えば台所から火事を発生させる、高所から飛び降りる等と試みても、ヘッドギアは事前に防御機能を働かせ周囲へ大音声での警告音を発する。それと同期し、異変時の急報は身内の者や近隣住人達へと瞬間的に伝達され、事故の防止や応急処置の指示をも的確に図る事だろう。そして政府直属の救助隊は事故現場へ迅速に到着し、その高度な医療技術を以って簡単には自殺志願者を彼岸へと向かわせてはくれまい……。
(……私には、ヘッドギアの警告を無視して迄自殺し切るだけの度胸等、最初から持ち合わせてはいなかったのだ……。
息子よ、私は生活も生死も自我さえも、全てをこの電脳へ委ねていたのだと、漸くお前から気付かされた……。
私の足元には何も無い。
本来生き続ける中で、自分自身で築き上げるべきだった、揺らぐ事の無い確固たる地盤と言うものが……)
片手に携えられていた包丁は、力無く開かれた掌から滑り落ちる。そして、カタッ、と空虚な音を立てて、その身を静かに床面へ横たえた。
*
・第三章・『交錯の舞踏~誰と踊りますか?~』
暗然とした空間の中を一心不乱に歩き続けている……、出口を見晴るかす事も出来ない程、延々と伸び往く通路を。横目には鈍色をした水流が続き、せせらぎが耳を擽る。
ここはマンホール下の暗渠。僕が下水処理場に潜伏してから多分数日が経つ。
発作的に市街で犯行を起こし逃走中の今、思い出すに付け我ながら大胆不敵な行動に及んだものだ、と驚嘆する。きっと地上は物情騒然としている筈なのだが、警察が僕の居場所を嗅ぎ付ける迄、後どの位の時間が掛かるのだろうか?
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