第1章 #2

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 本来僕が突発的に犯行を起こす前から、逃走経路が皆無と言う事は暗黙の周知だったのだ。区画整理と警備網が徹底され、尚且つヘッドギア自体が自己認証となる近代都市インダーウェルトセインに抜け穴等は有り得ない。犯罪発生率自体が僅少なこの世界に、犯罪者達が密集する魔窟等も殆ど存在し得ないのだ。政府の方針の下、前時代からとっくに浮浪者やその住処等も一掃されている。  現代には路地裏が無い……。訳有りの人間が追い遣られる掃き溜めの果てが。当然都市の公的交通機関は多岐に発達しているが、目下追跡中であろう僕が利用出来る筈も無い。そこで僕は先ず中心地から離れ隣町を目指そうとし、徒歩で大衆の目を掻い潜る為にと一計を案じマンホールの蓋を開け地下へ潜入した。  それに、地下道へ潜伏するならば深夜から早朝に掛けての冷え込みや天候不順もある程度は防御出来る上、他者の気配を懸念せず睡眠にも入れると踏んだのだ。時折空腹を覚えた時は、深夜を見計らって地上へと浮上する。そこで夜陰に乗じて人目を盗み、レストランや食品店の残飯を漁り出しては叉翻る様に地下下水道へ逃げ込む……。ここ数日はそんな未体験の潜伏生活を繰り返していた。現代は治安が良く、浮浪者や何某かの犯罪に免疫の無い市民ばかりだ。食品店の人間も何者かに残飯を探られる様な経験は皆無に等しいのだろう、これ迄誰かに気取られる事は一切無く、首尾良く食物を失敬している。  摩天楼の地下世界に潜む魔人―。時折自分がそんなミステリーホラーに登場する怪人の様に想える。 ……そして今では、僕の目的と進路は徐々に変移し始めていた。都市中枢部から隣街迄逃げ果せたとしても、それは束の間の存命に過ぎない。ヘッドギアを自ら脱ぎ捨てた以上、一般人を装う様な擬態は不可能だ。最早僕の逃げ場は世界の何処にも無いのだ、世界の何処にも……!  最果てにすら居場所が無いとすれば、取るべき手段は一つ。そう、社会へのテロしかない……! 胸中は我ながら澄み切った蒼空の如く静穏としていた。正直に告白すれば、先日の大罪にも良心の呵責と言った殊勝な感情は一抹として無い。これから攻勢を仕掛けようと変心し始めた事にも、何の臆気も湧かないのだ。  僕は『自己』を欲し犯行に及んだ。
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