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(エスは今迄の犯行上では、信念の為か一般市民へ暴力的な危害を加えた事は無い。例えテロ行為としても、反体制を唱えその声明を市井へと伝える為に、象徴性を感じさせる様な犯行ばかりを仕掛けて来た筈だ……。本当に火災や毒ガスが散布されたのなら、既に被害を受け昏倒する者が確認されても可笑しくはない……。矢張りそのガスの検知情報自体が何かの細工で、サイバーアタックの一環に過ぎない筈だ。彼の狙いは、何か他に在る……)
係官は群集の騒乱を制止する様に鶴の一声を挙げた。
「私は空港内職員です! 皆さん落ち着いて下さい!! 良いですか? ガスが感知されたと言う情報は機械の誤報かと思われます!我々が異状の原因を究明し、必ず短時間の内に空港内の全機能を復旧させますのでご安心を!! 空港内が自動的に封鎖され防災処理の為に酸素が段々と薄くなって行っている様ですが、この場合は取り乱す程悪戯に酸素を速く消費してしまいます!
酸素の消耗をなるべく最小限に抑え肉体上の機能を損なわない為にも、皆さん床に突っ伏して下さい!! 慌てず落ち着いて! ここからは我々職員や警備員の指示へ従う様にお願いします!!」
超然とした彼の案内から、半ば狂乱し掛けていた利用客達は若干の安堵を覚えた様子だった。喧騒が鳴りを潜めると、程無くして施設内の全員が従順にその指示へ沿う様に動き始め、漸く一旦の規律を見せ始める……。騒動に多少の沈静化が図られた事で一部の職員達も漸く平静を取り戻し始めたが、今度は叉逆に、騒乱を一喝した係官の急変振りに圧倒されてもいる様だった。
控え目で、どちらかと言えば主体性を持たず職務に従事する男、と言う印象を職員達は抱いていた。だが、窮地に陥った現場で突然人間が変わったかの様な変貌振りは一体どう言う事なのだろうか、と怪訝な様子を露わにしている……。
係官自身は職務としての崇高な使命や義務感へ衝き動かされる以上に、内心ではエスの犯行を全貌迄見届けたい好奇心にも駆られていたのだが。
寧ろ先頭を切って群衆を庇護しようとする姿勢は擬態の様にすら感じられ、エスの次手が如何なるものかを想像し、期待感すら押し隠していた……。
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