第1章 #4

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係官は暴動を制止するべき職務も失念し、遠巻きからその光景を茫然と眺め立ち尽くすばかりだった。緊急事態への対応策にしても、空港側が酸素缶を常備している等と言う話しは寡聞にして知らない。あれが防災用の代物では無かったとしても、運搬される筈の貨物が経緯も不明な侭、只一個のみロビー内で放置されているものだろうか? 保安態勢の一部として、空港内には数十台に及ぶ防犯カメラも設置されている。その各個防犯カメラには所有者不明の荷物が一定時間放置されていると認識した場合、セキュリティセンターへと自動的に通知すると言う探知・警報機能が導入されてもいる筈なのだ……。  狂乱し、経緯不明な酸素スプレー缶を奪い合う者達の醜悪な光景……。その混沌の渦中で、こんな遣り取りの一部始終が耳目へと入って来る。 「おい、幾ら酸素が無くなるからって勝手にヘッドギアを外して良いのかよ!? これじゃ最近のエスの事件と同じで捕まっちまうぜ!?」 「お前こんな時に何言ってるんだ!? 死んじまったら元も子も無いだろうが! 例え後で捕まるとしても俺は死ぬ位ならヘッドギアを外すぜっ!! この状態がいつ迄続くか、スプレーが人数分に足りるかも判らないんだから、要らない奴はどいてろよっ!!」  係官はその喧々諤々とした会話を見聞きした瞬間、はっと天啓の如き閃きを得た。 (これだ……! エスは矢張り一般市民迄に暴力的な危害を加える気は無いんだ。監禁した人間達を政府と渡り合う為の盾にする訳でも、逃亡を謀る訳でも無い……! 俺達自身を試し、そしてその結果を広く世間から政府へと伝える為に……!!)  事態を静観する係官の視線を余所に、醜悪に満ちた酸素缶の争奪戦は益々の激化を見せていた。その阿鼻叫喚を挙げた地獄絵図を前に、係官は更なる冷静な分析を巡らせる。 (―そう、自分達は試されている。生命が極限の状態に置かれた中で、その本人がどんな行動を選択するか……。助かりたい者は後先を捨て、まず酸素スプレー缶を手に入れる為に自身のヘッドギアを脱ぎ去るだろう……。その時、ヘッドギアを外す事に躊躇する者も、問い掛けめいた何かを受け取る筈だ。
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