第1章 #4

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―これは『自我』を捨てる事なのか、寧ろ『自我』を得る為の行為だろうか? 社会的生命を喪ったとしてもまずこの危機を乗り越え生き延びようとする希求は、尤も人間らしい生物的本能に満ちた足掻きとも言える。この場合、生物としてどちらを選択する事が正しいのか? 自分はどちらを選ぶのか? 問われている……)  係官が騒擾を傍観している折、不意に一抹の違和感を覚えたのは、酸素スプレー缶の存在を周囲へ伝えたパンクスの動向だった。大量の酸素スプレー缶は十中八九エス一派の用意だろう。更に、先程切迫した調子で大勢を扇動した張本人の姿は影を潜め見当たらない……。 (あのパンクスはどこへ消えたのだろうか? もしや奴は……) ともあれ係官に取って、最早事態の収拾や犯人の特定等は想念の外にあった。仮面の内奥では秘匿していた期待に見事応えてくれたエスへと、賞賛の破顔を湛えてすらいたのだ……。 彼は、自衛と言う大義名分を以って仮面を剥がす機会を与えてくれたエスへ感謝や畏敬の念すら感じ、綻んだ口許を直せない侭でいる。 そしてそんな笑い声を悟られない様に必死で押し殺しながら、他の者達へ倣う様に見せ掛けヘッドギアを外すその手を頭部へと掛けた。            * ・第七章・『眩惑の照明の下で真実の告白を』 【―真実のチェックゲート―ウィングフィールズ空港全面封鎖事件】―デカート通信―  近日、繁華街ヒルサイドで発生した俗に言う『デジタルマスカレード通り魔事件』から彗星の如く出現した重犯罪者・エス。彼の存在が絶大な影響力を放ち、連日に及ぶ犯行が世情を騒擾とさせている事は最早論を待たない。そして昨日、叉も彼の累犯と推測される大規模な事件が発生した。  事件発生地は、国際的拠点として日夜多数の航空便が行き交うウィングフィールズ空港。この国際空港内部で、厳重に保護されるべき搭乗客達の個人情報が詳らかに露出され、遂には空港内全体が突如として閉鎖されたと言う。
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