第1章 #6

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第1章 #6

 一連の丁寧な説明を受けても、僕の疑念は丸で潰えなかった。事の経緯そのもの由りも、彼女が何故僕を助けたいと思ったか、警察からの逃走を敢行する程の苛烈な動機とは一体何なのか、全く判然としない侭だったからだ。   そして僕とロイトフが激闘を繰り広げていた修羅場へと忍び込み、背後から鈍器で一撃を喰らわす等……。その献身的な迄の愛情や大胆な行動力等は、当時の凡庸な彼女からは想像も付かない急変振りなのだ。 「いや、しかし……。僕達は正直言って、ぎこちない状態に陥っていた筈だ。僕がこんな風に世間を混乱させる程の犯罪に走った事で、もう別れは決定的だと個人的には思っていたんだけど……。 そして何由り、僕に助力した以上、君ももう後戻りは出来ない。本当に、それで良いのか……?」  これが僕の正直な心中の告白だった。僕はあの犯行声明を彼女や政府へと送り付けた時点で、彼女は勿論友人から家族迄、全ての絆に別離を告げた心算だった。社会的地位や人間関係等を代償として全て棄て去り、孤立する事からが世界へ蜂起する為の第一条件の様に捉えて来たからだ。投獄の果てには、獄死や死刑、自刃迄をも覚悟していたものだが……。   僕と親交を続けるとすれば薄汚い大罪人の恋人と言うレッテルを貼られ社会的信用も失墜し、彼女自身も嘗ての僕と同様に友人や家族達と決別する必要性にすら迫られる。その後のうらぶれた逃亡生活や抵抗運動を想像すれば、彼女自身の生命すら危ぶまれるだろう……。何故彼女は、自らの危険をも顧みず僕との再会を果たそうと努めたのか……。 だが彼女は、そんな僕の切実な疑念に対して事も無げに答えた。 「あの声明や報道を受けた時、寧ろ初めて貴方と言う人柄や内心を知った気がしたわ……。この社会の機構が虚飾に満ちていると問題提起し、貴方は心も身体も本当の意味で素顔を世界に向かって曝け出した。そして社会に対する疑念や自分の価値観を証明する為に、独り命懸けで戦い始めた……。  その後、その姿勢に共感した人達が現れ始め、遂には政府が陰謀を張り巡らせている事迄も突き止め世間へと伝えるに至った……。
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