チキン

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わたしはずっとそれを見ていた。 あと数時間もすれば、人間が卵を盗りに来る。私たちには手出しの出来ない檻の外で、悠々と持って行かれるのだ。 そして、その兆しはわたしにも訪れる。腹部の辺りに重みを感じ、少し気分が悪くなる。全神経が腹部に集中される。息づかいが荒くなる。わたしは中腰になって、そのときを待った。 やがて、その球体が姿を現す。半分ほど顔を出したところで、重力に従ってぽろんと落ちた。 わたしはぐったりとして、斜面を転がる卵を見つめた。苦しんで、苦しんで産んだ卵は、早々に盗って行かれる。ああ、この水子たるわたしの生命よ。何と哀れな。儚げな生命は、斜面の下に寄せ集められるのだ。その後をわたしは知らない。 あっという間に、昼になっていた。 こんな檻に閉じ込められて、良かったことは一つ。屋根があるおかげで、日差しと雨をしのげることだ。 といっても、出られない苦しみが消えるわけではない。苦しみ――いや悲しみだ。ここでの生活が不快ではない。本能のみが悲しんでいる。 眩しく美しい太陽が、わたしたちへの当て付けに思えてしまう。もう雄鳥たちも鳴かなかった。
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