一人目「楠小十郎」

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実際。 彰は美しい中性的な顔つきをしていた。 白く透き通るような肌理細かい肌。 薄く小さな形のよい赤い唇。 腰辺りまである漆黒の艶やかな長い髪。 ぱっちりとして、大きく猫の様な深い藍色の目。 そして、細く華奢でありながら、しなやかな筋肉が程良く付いた手足。 美青年と言う言葉がしっくりくる。 やがて山崎がようやく布団から立ち上がると、彰がその布団を畳み、押入れに仕舞った。 「山崎さん、今日は仕事はないんですか?」 私の問いかけに、山崎は首を横に振った。 まぁそうだろうな、と思いつつ、彰は机の上に置いてあった紙を手の平程に折りたたみ、山崎に手渡した。 「街に出た際に時間があればでいいので、この薬を買ってきて貰えませんか? 昨日確認したら、あと少しだったものがあったので。」 「ええよ。ほな、わいはちっと出てくるわ。」 山崎はそう言い残し、着替えもせず部屋を出て行った。 一人残された彰は、襖に背を向け着替え始めたのだった。 彰は着替え終えると、台所へ向かった。 朝早くから調理に勤しむ、女中や井上の手伝いをするためである。 「おはようございます。源さん、お雪さん。」 流石、仏の名は伊達ではない。その優しげな笑顔からは、神々しささえ感じる。 「おはよう。」 「おはようございます。」 包丁を握る手を止め、人のよい笑みを浮かべ挨拶を返す二人。 「山南君。トシ君が呼んでいたよ。今日はいいから行っておいで。」 「…ありがとうございます。」 “朝の土方ほど恐ろしい物はない。”とまで言われるほど、寝起きの悪い土方。 他の隊士達や女中では手に負えない、と言うので、今は彰が毎朝起こしている。 しかし、今朝は違った。 何故なら、土方が夜通し執務をしていたことに、彰は気付いていたからだ。 井上の気遣いに感謝しつつ、小走りで土方の部屋へ向かった。
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