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部屋に入ると、待ち受けていたのは、足の踏み場もない程の大量の紙と、不機嫌オーラ全開の土方。
「…執務、お疲れ様です。土方副長。」
「うるせぇ、嫌味か。」
労いの言葉に素っ気なく答える土方を見て、面倒臭い事になりそうだ…と考えつつ、紙の無い場所を探し、監察方・朽木彰としてその場に座った。
「お呼びですか? 土方副長。」
「…仕事だ。」
土方の形のよい口から吐き出された低く鋭い声に、彰の表情も真剣な物へと変わる。
「内容は?」
彰がそう尋ねると、土方は何も言わず懐から一枚の紙を出し、それを彰へ差し出した。
「…楠くんが間者、ですか。」
一通り目を通した彰はやっぱりか、と言った様子でぽつりと呟いた。
「そうだ。」
土方はいつの間に取りだしたのか、煙草を吸いつつ、頷いた。
「でも、彼は間者とか、向いてませんよね。長州も人選を間違えましたね。」
そう言って彰はクスクスと笑った。…とは言っても、目は微塵も笑ってなど、いないのだが。
「そいつを暗殺しろ。」
「……、はい。」
彰は僅かに戸惑う様な表情を垣間見せるが、直ぐに冷たい声で答えた。
「いつも悪ぃな。女のお前にこんな汚ぇ仕事させちまって…」
土方の意外な言葉に彰は目を見開いた。
「…いえ。どうしたんですか? らしくないですよ。“鬼副長殿“。
彰は、わざと“鬼副長殿”を強調して言った。
「………………“ ”。」
彰が消え入る様な声で呟いた。
だが、余りにも小さすぎたその声は、土方には届かなかった。
「なんだ?」
じっと真っ直ぐと土方の眼を見つめる彰。
だが、それも数秒の出来事で、“何でもないです”と言い、立ち上がる音すらも出さず、土方の部屋から出て行った。
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