一人目「楠小十郎」

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「おはようございます。山南さん。」  朝餉を食べるため広間へと向かう最中。 最も声を聞きたくなかった者に呼びとめられ、彰は内心“運が悪いな…”と、溜め息を吐くもいつも通りの笑顔を装い、振り向いた。 「おはようございます……楠くん。」 振り向いた先にはニコッと笑う美男子…楠小十郎である。 つい最近までは、壬生村の人々から美男五人衆とまで言われていた。 実際に楠は美男子であった。が、そんな顔も色白く、病的にすらみえる。 「楠くんも今から朝餉ですか?」 「はい、寝坊してしまって…」 苦笑いをしながら答える楠。 そうこうしているうちに、二人は広間へ到着した。 彰は後ろからそっと襖を開け、ガヤガヤと騒がしい広間へ入った。 「おはようございます。」 「山南くん、楠くん! おはよう。」   上座でなんとも人のよい笑顔を浮かべ豪快に笑うこの男、新選組局長・近藤勇である。 彰もまた人のよい笑みを浮かべ、近藤の右隣へ座った。 副長・山南敬助として。 そう。 彰は、監察方・朽木彰であり、副長・山南敬助でもあるのだ。 表では、男装をし、仏の副長として執務をこなすことは勿論、隊士を精神的に支え、まとめる。 裏では、監察方として情報収集や暗殺と言った、幅広い仕事をこなす。 「寝坊?」 クスクスと笑いながら、そう問いかけてくるのは、副長助勤・沖田総司である。 「山南さんに限って、寝坊はないだろ!」 藤堂がケタケタと笑いながら、突っ込みを入れる。 それに同調するように永倉、原田が頷いた。 「だな。山南さんが寝坊でもした日には槍が降るぞ。」 原田がそう言うと、どっとその場に笑いが起きる。彰は微笑んでいただけだが。 「じゃあ明日あたりにでも寝坊してみましょうか。藤堂くんにその槍が当たる様に。」 彰がにこやかにそう言うと、藤堂は恐怖に震え、永倉は笑いから肩を震わせた。 「そりゃいい! ぜひともそうしてくれよ、山南さん。そうすりゃ五月蠅いこいつもちったぁ静かになるだろ。」 「ぱっつあん、それ死ぬよな? つーか山南さんの頬笑みが逆に怖ぇよ!」 いつも通りの笑い溢れた日常が流れる。 皆が笑う中、彰はただ一人笑っていなかった。 否、顔は笑っていた。 だが、心は笑っていなかった。 ただ、それでもこの暖かな時が永遠い流れていればいい…そればかりを願っていた。
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