一人目「楠小十郎」

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道場には一番隊と三番隊、そして非番の自主的にやって来た隊士達。 それに加え、沖田・斎藤・永倉・原田・藤堂・彰。 更には土方の総勢三十名程が集まっていた。 三十名と言うと、現在の新選組隊士の七割ほどである。 何故こんなにも隊士が集まっているか、と言うと。 「山南さんを道場で見かけんのも、何日ぶりだ?」 「一月ほどですかね。」 そう、久しぶりに彰が稽古を付けると言ったからである。 彰の稽古は非常に評判がいい。 分かりづらい上に、隊士の体がぼろぼろの雑巾になるまでしごき続ける沖田。 助言は的確なのだが、厳しく妥協を許さぬ斎藤。 槍に関しての教え方は彰とそんら遜色ないが、剣には乏しい原田。 人を見る目はあるのだが説明下手で、言葉より体で覚えろ派な藤堂。 教え方が雑で厳しい土方。 などなど…とにかく、この新選組幹部連中は、基本的に教えるのが下手なのである。 それに比べ、彰・永倉・井上は教え方がうまく、助言が適切。 きつくない…と言う訳ではないが、程よく厳しくかつ教え方がうまいので人気があるのである。 特に彰は厳しくも優しく、どんな者にも手取り足取り丁寧に稽古をつけた。 それに、美しい容姿もあり、三人の中でもずば抜けて人気だった。 「山南さん! 勝負、しようよ。」 子犬の様な輝く笑顔で沖田が彰のもとへやって来る。 その裏に “やらなかったら…分かるよね?” と言う、ドス黒いオーラが漂っているのは勘違いではないだろう。 「嫌です。」 それをさらりとかわす彰からも本人は無意識なのだろうが、 “ふざけんな、誰がお前なんかとするか” 的なかなりの黒いオーラが滲み出ているのだが。 「僕と戦うのが怖いの?」 「まさか。ただ、沖田くんと戦うと面倒なことになるんです。」 沖田が挑発するが、彰はそれに乗ることもなく、頑なに拒む。 何故なら。   沖田は試合中、好敵手と対峙すると理性が崩れ、周りが見えなくなる悪い癖があった。 それが彰にとってはまずいのだ。 試合に夢中になり過ぎて沖田の悪い癖がでもすれば、山南の本性がばれてしまうかもしれないからだ。 ならば、そうならない様に手を抜けばいいのではないか? たしかに、それが一番利口な手だろう。 しかし、彰にも剣士としての誇りがある。 普段、彰は飄々としているので、熱くならない人間だと思われがちなのだが。
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