第1章

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 足元に敷いてあったブルーシートの端を掴む。紙飛行機を思い切り投げるように頭上へ放ると、ゆっくりと孤を描いて青い面積が空に拡大されていく。  その下に滑り込み、落下してくる液体麦芽をビニール越しに受け止めた。  タタタン、タタタタタタン。  小気味よいドラムロールが途切れ、アルミが地面をたたく音が聞こえた。  その後、2,3秒ほどの静寂を感じ、ゆっくりとブルーシートから身を這いだす。仁王立ちで私を見下ろす影があった。 「やるじゃん。まだまだだけど」 春らしい淡いピンク色のワンピースと、春らしい薄紅色の長髪。その頬はほんのり赤い。  彼女こそ先ほど裏拳を振るった時に一瞬だけ視認した「予想通りの人物」で、年に一度、世界で最も桜が吹く場所に現れると言われる「春一番」その人である。  人間の形を形成しているが、その実体はタンパク質が組成する哺乳類ではなく、桜の化身とも春の神様とも荒唐無稽な自己完結で形容している。そんなに重要な事柄でもないだろう。 「……春だなぁ」 「呼んだ?」 「いや、なんでもない」  人懐っこい笑顔で見下ろす春一番を見ていたら、鼻の先に桜の花びらが一枚くっついた。 「三色団子食べる?」 「いただこうかな」  これが私と彼女の花見の風景の切り抜きである。  桜が散るシーズンだけ現れる彼女と、何となくそれに付き合う私の365分の1のある日のシーン。  こんな日と陽が一生続けばなぁ、と考えもした。  
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