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「まったく。近頃の花見客は、ゴミを置き去りにしていくから困ったものよ」
食べ終えた団子の串を噛み、メトロノームのようにぴょこぴょこ上下させる彼女は、あたり一面に捨てられたゴミ類に視線を遣った。その横で座っていた私も3つ目の団子を今食べ終えた。
「それに関しては昔からのような気もするけど」
「初めて桜が世界に生えた日から見続けた私の感想よ」
「それは説得力のある意見だ」
食べカス、空き缶、食品トレイ、ペットボトル。中身だけを抜かれた抜け殻のような工業製品がそこらじゅうに転がっている。戦の後の荒廃した町や、長い年月で風化してしまった遺跡を連想してしまう。
立つ鳥跡を濁さず、とはよく言ったものだが、私達人間は今を楽しもうとするあまり、戒めや常識といった訓律的言霊から耳を遠ざけてしまうキライがある。
その縮図が今だ。
「世界はもともと1つだった」
彼女が今度は視線を遠くにやったまま呟いた。
黙って耳を傾けていると、そのまま続ける。
「1つから星が生まれ、1つから2つへ。星から生命が生まれ、2つから3つへ。その後、限りない分離と進化と滅亡を経て、阿僧祇(あそうぎ)の領域へ達した」
「阿僧祇ってたしか、数えることが不可能な数字のことだっけか」
「1シーズンで咲く世界の桜の花びらの数は阿僧祇の領域って言われているのよ」
「そうなんだ」
「今適当に言ってみた」
「僕のそうなんだを返せ」
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