泡沫の温もり

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「いいだろ、本当の事なんだしよ。やっと気持ちが通じ合ったんだぞ?キスの一つや二つ、したくなるのが人情ってもんだろ」 「それが、デリカシーがないって言ってんの。わざわざ言う必要ある?」 「人様の家だから、したいのを滅茶苦茶、我慢してる、この俺の気遣い!これをデリカシーと言わずして、何て言うんだよ」 「それ、普通だし。常識だから」 冷めた口調で言った隼人が、俺の腕に、自身の腕を絡ませて来た。 「……早く帰れば、問題ない」 そう、何処かツンツンした様子で言った隼人を、思わず抱き締めたくなるのを必死に堪える。 たまに見せる素直さが、とんでもない破壊力を備えていやがる。 こんな風にして、これから先もいいように翻弄されて、掌の上で転がされて、尻に敷かれるんだろうな、俺。 なんて、リアルな未来を想像した。 想像してみて、思わず苦笑する。 その未来が、思いの外、嫌じゃなかったからだ。 俺も、大概、変わりもんだよな。 「そんじゃ、さっさと帰ろうぜ」 引っ張るようにして歩き出した俺に、隼人も歩き出す。 過去は過去だ。 決して消せるもんじゃない。 だからと言って、過去の事で、今を……未来を潰してしまう必要はない。 後悔、苦しみ、痛み、悲しみ……そして償い。 沢山の事を抱えて、成長する事は出来る。 幸せを目指して生きる権利は、誰にでもある。 成長する事を、努力を、諦めない限りは。 「何処かで、飯食ってから帰るか?」 「別にいいけど」 「何にするかな。洋食にするか?」 「何でもいい」 「お前、ハンバーグ好きだろ?ハンバーグが美味しい所にしようぜ」 「………嫌いじゃないだけだ」 「本当、素直じゃねーよな、お前ってよ」 「うるさい」 天邪鬼で、素直じゃない、捻くれた可愛げのない野良猫は、一人のおっさんと出会い、そして二人は恋に落ち、家族になりましたとさ。 めでたしめでたしってな。 END
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