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「なんだよ、それ」
……前を向いてくれて、良かった。
赤くなった顔を、見られずに、済む。
「それに、私、彼氏つくらないって決めてるもん」
彼女が落とした言葉には、僅かだが、諦めの感情が含まれていたように思えた。
俺が口を開くより先に、彼女が口を開く。
「やーー、ほんと、びっくりした。告白って、される側も、恥ずかしいんだね」
意識してなのか、やけに彼女の声は明るかった。
「されなれてるんじゃないの」
「そんなことないよ。私、モテないもん」
いや、モテてるだろ。
彼女は気付いていないが、理央なんかはかなり惚れ込んでいる。
彼女の家まであと二軒、というところで、彼女は足を止めた。
「ここまででいいよ」
「いや、すぐそこだし、送るよ」
「いいから」
彼女にしては珍しく、はっきりとした口調だった。
「じゃ、ここから見てるから」
「ありがと、送ってくれて」
「こっちこそ、……飯、ありがとう」
ぶっきらぼうにそう言えば、彼女はくすりと笑う。
「いいよ。温めて、食べてね」
「うん」
「また明後日、だね」
「そうだね。寝坊、するなよ」
「はーい。……じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
小走りで家まで向かって、家の前でこちらに手を振る彼女。
俺も小さく振り返し、彼女が門扉を開けて中へ入っていくのを確認してから、自宅へ戻った。
靴箱の上に置いたままの、彼女が持ってきてくれた紙袋を持ち、リビングへ入る。
ダイニングテーブルの上に置き、タッパを取り出す。
大きめのタッパに入っていたのは、俺の好物の一つの、エビチリだった。
「ただいま」
テレビを見ていたら、父が大きな荷物を抱えて帰ってきた。
「おかえり。それ、母さんの?」
「ああ。着替え、持って帰ってきた」
「明日、新しいの持ってくよ」
「助かるよ。お前が顔出すと、あいつも喜ぶからな」
父は荷物をソファに置き、ダイニングテーブルに近づく。
「お。今日はエビチリか」
タッパを覗いて、嬉しそうに父が言った。
母が入院している間、彼女が代わりに晩飯や俺の弁当をつくってくれている。
父はそれが嬉しいらしい。
流石に毎日は悪いと断れば、1日おきに持ってきてくれるようになったのだが、父親は密かに彼女の作る夕飯を楽しみにしているのだ。
タッパを覗きこむ父の顔を見れば、言葉にしなくても一目瞭然だ。
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