一章

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……困ったな。 雫は変な所で感が良い。 「その、彼氏っていうのは、誰情報なの」 俺が中学2年生、彼女が中学3年生の時にも一度、そんな噂が流れたことがあった。 当時の俺は本人に確認する勇気を持っていなかったし、何より彼女が俺に何も言わなかったから、俺はただの噂だと信じていた。 「中学の時とは違うよ。だって、あたし情報だもん」 「雫は、見た訳?」 「見てないけど、知ってる」 キリ、と胸が痛んだ。 「そっか」 ブランコを少し揺らす。 錆び付いた鎖が、金具音を立てた。 「多分、小夜ちゃん本気だよ」 痛いのは胸のはずなのに、鼓動に合わせてどくどくと痛みを上げ始めたのは右膝だった。 「本気じゃないと、あんなこと……」 徐々に右膝が熱を持ち、俺は右手を膝に乗せた。 「聞いてるの?」 「聞いてるよ」 「ショックじゃないの?」 雫が怪訝そうに俺の顔を覗き込む。 「俺は、別に。……あの人が良いなら、それで良いんじゃないの?」 「何それ……」 涙声にはっとして顔を上げれば、雫は目にいっぱいの涙を浮かべていた。 やってしまった……。 「何それ、馬鹿じゃないの」 謝るのも何か違うと思い、かと言って代わりの言葉を探す余裕もない俺は、ただただ痛みに耐えていた。 「馬鹿。太陽の馬鹿!」 ポロ、と一筋涙が頬を伝って落ちる。 そのまま雫は走って公園から出ていった。 ……なんで、雫が泣くんだよ。 「痛い」 歯を食いしばって膝をさする。 怪我をしたのは、もうずいぶん前なのに。 それも、完治したはずなのに。 「なんなんだよ……」 やがて痛みが引いていき、さするのをやめて空を見上げた。 団地の一番上にあるこの公園からは、星がよく見える。 星、きれいだな。 夜、寒いな。 ……雫のこと、泣かせちゃったな。 あいつ、怒るとしばらく口聞いてくれないんだよな……。 『陽ちゃん』 彼女の無邪気な笑顔が頭に浮かんで、俺はため息をついた。 ずっと。 ずっと、何となくだけど、彼女とは一緒にいられると思っていた。 「……彼氏、誰なんだろ」 直接本人に聞く気がない俺がいることに気づき、中学の時から何も成長してないな、と自嘲の笑みを漏らした。
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