一章

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団地の急な坂道を、ブレーキを少しかけながら、スルスルと下っていく。 曲がり角に差し掛かったところで、俺は完全にブレーキをかけた。 自転車に跨ったまま数分待っていると、右側の家のドアが開いた。 「陽ちゃん、おはよう」 赤いマフラーとカバン、弁当袋を手にした彼女は、気の抜けるような笑顔を俺に向けた。 「リボン」 「え?」 「リボン、忘れてる」 え、と言って胸元を見て、彼女は苦笑いを浮かべた。 「ホントだ。取ってくるから、陽ちゃん先に行ってていいよ」 俺の返事を聞く前に、俺に弁当袋を渡し、彼女は自宅へと戻っていく。 「行っててよかったのに」 再び現れた彼女は、困った顔をしてそう言った。 「おっちょこちょい」 「陽ちゃんのおかげで怒られなくて済むね。ありがと」 俺は彼女から顔を逸らし、自転車を取ってくるように言った。 車庫から白い自転車を押してきた彼女がマフラーを巻いたのを確認して、俺はゆっくりと自転車を走らせる。 11月を少し過ぎた今朝は、今季一番の冷え込みになった。おかげで吐く息は白く、頬に当たる風は少し痛く感じる。 「今日寒いね」 俺に追いついた彼女は、ぐるぐる巻にしたマフラーに顔をうずめて俺に言った。 「今季一番の冷え込みだって」 「あ、見て、川がきらきら光ってるよ」 話が噛み合わないのは何時ものことなので、俺は彼女が見ている方に顔を向けた。 俺達の住んでいる団地は高台にあるので、団地からは市が一望できる。団地を抜ければ緩やかな坂道が続いていて、カーブを幾つか過ぎると大きな川が右下に流れている。 彼女の言う通り、距離はあるが朝日を受けて水面がきらきらと反射しているのが見えた。 「ほら、前見ないと危ないよ」 いつまでも川を見ている彼女に声を掛けたと同時に、彼女の自転車がバランスを崩し、大きく前輪が弧を描いた。 冷やりとして慌ててブレーキをかけて、彼女の動きを見守る。下手に近づくと、転んでしまう彼女を轢いてしまうことになるからだ。 キキ、とブレーキを効かせ、なんとか転ぶことなく自転車を止めた彼女は、振り返ってえへへ、と罰が悪そうに笑った。 「危なかった」 危ない目にあった本人より、おそらく俺の方がどきりとしたと思う。そう思うくらい、彼女は呑気そうな顔をしていた。
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