一章

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疑問を抱いて長澤の顔を見上げるが、にっこり笑顔を返されただけだった。 ……ま、いいか。 英語はどちらかといえば苦手な教科なので、俺は正直に長澤に伝える。 「答えられるか自信ないけど」 「長谷川くんなら大丈夫」 「……」 一体何を根拠にそんなこと言えるんだろうか。 そんなことを思いつつ、長澤が広げたノートに目を通し、彼女の疑問点に答える。 「後ろの文の時制が過去形だから、if節は過去完了になるんじゃないかな」 どうかな、と言う意味を込めて、俺と一緒にノートを覗き込んでいた長澤に目をやった。 「……あ、そっか。過去形のもう一個前の時制は、過去完了だもんね」 説明が上手く伝わったか不安だった俺は、長澤の言葉を聞き胸を撫で下ろした。 「昨日習ったばかりなのに、もう忘れちゃってた。教えてくれてありがとう、長谷川くん」 キレイな顔で微笑む長澤は、まるで女優のように見えた。 「ん」 ノートとペンケースを持った長澤を見て、てっきり席に戻ると思っていた俺は、そのまま隣の席に座った彼女の行動を理解できなかった。 「ね、長谷川くん。質問してもいい?」 「まだ分からないところあった?」 「そうじゃなくて。長谷川くんって……好きな人、いるの?」 「……」 突然の質問に黙りこくっていると、緩く弧を描いた長澤の口が開いた。 「ね、当ててみせようか」 「……なんで長澤が知ってんの」 俺がそう言えば、長澤はいたずらっ子のような笑顔を浮かべた。 「やっぱり、好きな人いるんだ」 長澤の目を見る。 ……はめられた。 「私、誰か知ってるよ」 長澤の誘導尋問に引っかからないよう、俺は慎重に話す。 「いるなんて言ってないけど」 「ウソ、いるでしょ」 「いないよ」 「いる。……私、いつも長谷川くんのこと見てるから、分かるもん」 ……俺は、何を言えばいいのだろう。何を言っても長澤に勝てる気がしない。 「欲しいものは欲しいって、ちゃんと言わないとだめだよ」 自分の席に戻っていく長澤の後ろ姿を見て、俺はオンナという生物への警戒心を強めることを心に決めた。
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