プロローグ

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 二十二世紀、高収穫性の食用作物の発達によって食料不安を脱した人類は過去に例のない人口爆発を迎えていた。しかし、何の前触れもなく一斉に食用作物が枯れ出したことにより繁栄は急転、人類は滅亡の危機に瀕することになる。  食用作物の種子を独占的に扱っていた巨大食料商社は次の一手を考えていた。タブーとされていた人類への直接的な遺伝子操作と、クローン技術によるセルロースを分解できる腸を持った人類の開発だ。秘密裏に建設された深地下の施設には優れた科学者達が集められ、悪魔の所業とも神の所業ともつかぬ研究が進められていた。  地上では過去の遺物として捨て去られたはずの国家や民族が復活し、時が経つに連れて混乱は増していた。殺戮が日常となった世界の光景は、過去の人類が思い描いた地獄、もしくは最後の審判そのものだったのだろうか。  争いに暮れる人類が地上を紅蓮の炎に包まんとしていたまさにその頃、地下深くの秘密施設では科学者たちによって遺伝子に操作を加えられた小さな命が生まれた。山羊の遺伝子を受け継ぎ、セルロースを分解できる腸を持った少女の誕生であった。少女は誰からともなく「山羊女」と呼ばれた。科学者たちは山羊女の卵子を利用してセルロースを分解する腸を持つ男、山羊男を作る実験を繰り返した。不思議なことに彼女の腸の持つセルロースを分解する機能はまったく遺伝されないのだ。  はたして山羊男は生まれるのか。  争いの続く地上から隔絶された地下の施設では研究者達が山羊女の遺伝子を受け継ぐ設備と、それを支えるための儀式を作り出そうとしていた。万が一、研究が途絶えたとしても儀式であれば長く受け継がれるはずだというのが彼らの思惑だ。  そして、長い時間が過ぎた。  研究者たちの目論み通り、目的すら忘れられたまま地下の世界では儀式が受け継がれ、設備も保たれていた。  山羊男は、まだ生まれていない。
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