第1章

7/7
前へ
/7ページ
次へ
「ふぅ~、涼しいねぇ」 「なんで最初から冷房点けとかないんだよ、この暑さで」 「そもそもそんな長居する気は無かったからねぇ」 「ふむ。悪いな、ギャラリー参加しちゃって」 「いやいや逆に嬉しいよ。一度、誰かに聴かせたかったんだ」 「他のクラスメートとかに聴かせれば良いんじゃないか? お前、結構男女隔たりなくいろんな奴に話しかけるじゃん」 「嫌だよ、皆どうせ変な気を使って建前でしか感想とか言わないもん」 「俺だって建前使うぞ」 「知ってる。でも音無は真剣にやってる相手に建前とか嘘とかで上辺だけの評価とか絶対しないでしょ? 努力家平等主義者じゃん」 「……」  その俺の、心のこもってるような演奏だったっていう真面目な評価に「心なんかこめてないよぉ~」的な事言ったくせによく言うぜ。  真面目な評価に謙遜で返されるとなんとも言えない空気になるからやめてくれ。 「……さっき、心こもってるって感想言ったら、私にはこめれないみたいな事言ってたよな」 「うん。言ったねぇ」 「あれはどうゆう意味なんだよ?」 「まんまの意味だよ」  佐倉は飲み物を一度口に含む。 「っぷは。えーっとね、私は別にピアノを弾く事が好きなわけじゃないんだよ」 「ほう? でもお前、やけに真剣に弾いてたというか」 「真似事だよ。ある人の劣化コピーでしかない。でも私は、その人と同じくらいピアノを上手くなって、プロのピアニストにならなきゃいけないんだよ」 「なんで」 「約束だから」  彼女は死体のように光の少ない瞳を薄く開いて、いつもより可憐で鬱くしいと形容できそうな笑顔で言う。 「約束?」 「その人の夢を、私が代わりに叶えるの。私がその人の代わりになるんだよ」 「いやいや、それはその人の夢であってお前が叶える必要はないだろ。なんかそれ、横取りしてるみたいじゃね」 「……」  俺がそう言うと、佐倉は表情を消し数秒間フリーズする。  何か地雷を踏んでしまったのだろうか? 「あー、そろそろ私帰るよ。部活の邪魔になるし」 「お、おう。そうだな」  佐倉は背を向け、そそくさと音楽室を出て行く。  音楽室は普段吹奏楽部の練習場所になってるから施錠の必要はない。外での発声練習も終わりもうすぐ来るだろう。  教室を出る前、十字架のネックレスを拾った。  佐倉の落し物か。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加