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矢仲は思った以上に呑み込みが早かった。
「うん、正解」
説明をして基本問題と演習問題を解かせるのを繰り返しをしていると、和泉の手元を有坂が覗き込んできた。
「凄い、矢仲が英語正解してる」
物珍しそうに言う有坂に和泉は失礼な、と窘める。
「いや、本当に。今まで俺、定期テストでもマジで10点以下だったし」
今回は望みあるかも、と心底嬉しそうに言う矢仲に、和泉も嬉しくなっていた。
「よし、こんな時間になっちゃったから今日はお開きにしよう」
時計を見ると既に9時を回っていた。男子高校生といえども、夜道は物騒である。皆同意して首を縦に振った。
「う~~~腹減った!ラーメン食いてえ」
矢仲が伸びをしながら言うと、橋口が「おふくろさん飯作って待ってるだろ」と自然に言った後、僅かにハッとした表情を浮かべて有坂を顧みると、有坂はいつも通りその面に微笑みを浮かべていた。
橋口は安堵するとともに、何か薄ら寒いものを感じて身震いをした。
「じゃあね、また明日」
玄関でそう言って見送る有坂と挨拶を交わして二人は帰路につく。
「あれ、いずみんは?」
「知らない、何か話し込んでんじゃないのか?」
「ふうん」
そんな会話を矢仲としながら、橋口は厚い雲に覆われた夜空を見上げた。
自分たちが帰る時和泉は立ち上がってさえも居なかった。ただ静かに手を振って、微笑みを浮かべて自分達を見送っていた。矢仲がそれに気付かないくらい自然で、当たり前な様子で。
橋口は再び身震いをした。
「どうした、橋口寒いの?」
「いや、違うよ」
有坂のあんな顔、初めて見た。
和泉が立ち上がろうとしたその刹那、その面から表情が全て抜け落ちていたのだ。
橋口がハッとして和泉の方に視線を移し、また直ぐ戻した後の彼は普段通りの様子に戻っていたけれど。
「なあ矢仲」
「うん?」
「依存と親和の違いって何だろうな」
「うーん、よく分からん」
「だよな、俺も分かんねえ」
橋口は歩くスピードを速めた。
「和泉」
「なに?」
「和泉」
「なあに?」
二人が帰った後の部屋はさっきまでの賑やかさが嘘のように静かで、まるで突然夜が来たみたいだと和泉は思った。
「お前ね、凄くこわい顔」とは自覚の無いであろう有坂には言えず、静けさの中そっと抱きしめ返した。
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