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「こら、小娘。人が怒っておるというのに、浮かぶとは何事か。不真面目にもほどがある!」
「えー? そんなこと言われてもー」
「そうだな。別にふざけて浮かんでいるわけじゃないと思うけど」
十兵衛は今や石舟斎に代わって大和、どころか天下を守る立場にあった。兵法を修めた十兵衛の言は、大大名たちでさえ尊重する。それもそのはず。この時の十兵衛は、幕府監査役という大名たちの動向にまで意見できる重職に就いていたのだ。その一喝には、胆力の弱い者など気絶する。今で言うところの〈覇王色の覇気〉である。もし十兵衛が「海賊王に俺はなる!」などとほざいていたら、日本の歴史は変わっていたことだろう。そして、グランドラインも新世界も大変なことになっていたはずである。名前は〈柳生・D・三厳〉だ。是非ともゾロやミホークと戦って欲しかったが、それは見果てぬ夢である。残念。
「そもそも、幽霊ということ自体がふざけておる」
「えー? それはちょっとひどいですっ」
「そうだな。別にふざけて死んだわけじゃないんだろ?」
「さぁ? 私、生きてた頃のことって何にも覚えて無いんですっ。あ、名前だけは覚えてたっけ。良かったー、名前だけでも覚えててっ」
「澄ってかなり前向きな性格してるよな。俺、今びっくりするほど尊敬したよ。ひょっとして『死んで良かったー』とか思ってない?」
「え? それは、ちょっと。どうでしょう?」
「悩むか、普通? 死んでいいことってなんかある?」
「あー」
「あーじゃないだろ。お前、悔しいとか、もっと生きていたかったとか無いの? そういう未練て全然無いの?」
「はぁ、心当たり、ないですねっ。だって、何にも覚えてないしっ」
「おい、うぬら。わしを無視するんじゃない。そこの幽霊。仏像の頭の上を飛ぶんじゃない。そしておかしな会話を繰り広げるな。頭がおかしくなってくる」
十兵衛三厳は、眉間を押さえて嘆息した。残念な性癖は置いといて、十兵衛とてあの関ヶ原に参陣していたほどの武将である。自藩の苦難も度々経験しては乗り越えて見せている。智力胆力ともに他の武将たちと比べても抜きん出ている男である。それが、たかが幽霊ごときでこれほど弱るにはわけがあった。
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