天下は脳筋が支えている

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「楽しかったら、今度は成仏したくなくなるんじゃないのかな?」 「あ。そうかもっ。それは悩ましい問題ですねっ」 「幽霊のくせにそんな問題で悩めるなんて幸せなやつだよな、澄って。ある意味羨ましくなるんだけど」 「なに? 成仏? その小娘、成仏したいだけなのか? それならそうと、なぜ早く言わんのだ」 「言う暇あったか、澄?」 「ないですねっ」 「言い訳するなど、柳生家の男児としてはあるまじき。恥を知れぃ、新兵衛!」 「ダメだ。同じ言葉で話しているはずなのに、全く言葉が通じない」 「ですねっ。意思を疎通するだけなら、多分犬の方がやりやすいと思いますっ」 「今度は責任転嫁で誤魔化すか? おのれ新兵衛! そこに直れ!」 「ちょっと待ってくれ、兄者。澄の方が酷いこと言ってるぞ。なおらせるなら、俺より澄の方が先だろう?」 「あー! それって酷いですっ! 私を盾にするつもりなんですかっ! 私、もう死んでるのにっ!」 「……む?」  ここで、ようやくにして三人の間に沈黙が訪れた。それは妙な間だった。そうなのだ。十兵衛が怒るのは、新兵衛に対してのみである。刀の柄に手をかけたまま固まった十兵衛に、新兵衛はある仮説を思いつく。まさかとは思いながらも、新兵衛は十兵衛にその仮説を真っ向からぶつけてみることにした。まともに言葉が通じない十兵衛には、下手な小細工は通用しない。今まではそれが偶然功を奏し、なんとか将軍家指南役の職務を十兵衛がこなしていたことを、新兵衛は知っていた。天下国家に号令する徳川家康の横に、そんな十兵衛が侍っている。日本は今、危ういバランスの上に成り立っていた。
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