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「ぬぅ。それにしても不可解な。反応しない〈命石〉に、明るい幽霊。悪い霊ではないにしろ、幽霊には相違無い。この大事な時期に妙な噂を立てられては、お家に危難が及ばぬとも限るまい。さて、どうしたものか……」
これが十兵衛の真に心配していたことである。あっという間に幽霊と打ち解けてしまっている新兵衛に内心呆れながら、十兵衛はそのぶ厚い手で固い髭の生えた顎をさすった。その時。
「まだまだじゃのう、十兵衛。新兵衛と澄をどうするか、答えが出せぬじゃも?」
「親父殿か。いつの間に」
「父上」
仏間の敷居に立つ黄色い頭巾を被った人影は、柳生石舟斎、宗厳(むねよし)。〈剣聖〉上泉信綱を師に持つ、新陰流二代目を継いだ男だった。〈但馬入道石舟斎宗厳(そうごん)〉の斎号を名乗る石の船。浮かぶはずのない石の船を自ら名乗る石舟斎なのだった。
「澄とやら。お主は何も覚えておらんと言ってたじゃも? その服装のことも覚えてないじゃも?」
曲がった腰に後ろ手を当て、ひょうひょうと滑るように音もなく仏間へと上がり込んだ石舟斎は、穏やかな笑顔を澄に向けた。
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