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「まぁ、冗談はおいておくじゃも」
「絶対冗談じゃなかったですよ、父上」
「そうだな。今の叫びは心からのものであった」
「ですよねっ。私、恐怖を覚えましたもんっ」
幽霊にまで恐れられるとは、さすがは石舟斎である。彼はこうして若き日の疋田戦敗北以降の不敗伝説を築き上げていったのだ。剣を交える前に、もう相手の心は折れている。これではまるで勝負にならない。これが石舟斎の兵法である。
「で、澄の着物に何かあるのですか、父上? 確かに、少し変わった着物ではありますけど」
「うむ。新兵衛。おぬし、どこかでこの服を見たことがなかったじゃも? 昔、昔じゃも。おぬしが子供の頃のことじゃじゃも」
「じゃじゃもは無理がありますよっ」
「だから突っ込むなって、澄。もう無駄だってことは分かってるんだから」
「着物、か。新兵衛が子供の頃? むっ!」
十兵衛が何かに気がついた。くわっと見開かれた隻眼が、こぼれ落ちそうになっている。澄が「ひゃああ! 怖いですっ!」と叫んで新兵衛の後ろに姿を隠した。
「あ。思い出した。澄のこの格好……。確か、厳島の!」
「そうじゃも。透けておるので一見して分かりにくいじゃもが、白装束、しかも、袴は紋様入りじゃも。これは」
「こ、これはっ?」
十兵衛がごくりと喉を鳴らして石舟斎に詰め寄った。
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